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 3月。別れと旅立ちの季節。
 私たちが働くテレビの世界でも、この春いくつかの番組が終了する。今年は不況のせいもあってとりわけ多いような気がする。

 そんな中、ひとつの番組が幕を閉じる。
 中京テレビの「人生の応援歌」
 毎週土曜日、夕方5時55分〜6時という枠で放送してきた小さな番組。2004年4月にスタートし、足かけ5年間続いた番組だ。放送回数はのべ257回に及んだ。私たちポルックスも5年前の立ち上げから参加させていただき、およそ半分の120回以上を担当させていただいたことになる。
 
 先日、すでに最終回までの撮影と編集が終わった時点で、これまで5年間に番組に携わったスタッフ全員による打ち上げが行われた。
 ふつう番組終了というと、私たち現場のスタッフは悲喜こもごもだ。「よくやった」「がんばった」という達成感がある一方で、「やっと終わる」「解放される」という気持ちが全然ないと言ったら嘘になる。これまでいくつかの番組終了に立ち合ってきたが、どちらかというと達成感よりは「もっとこんなこともやりたかった」「こうすれば終了にならずに済んだのかも」と思うことの方が多かった気がする。
 
 でもこの日の打ち上げは、そのどれとも違う雰囲気だった。
 手探りで始まった初回のドタバタぶりを振り返る者、印象に残る出演者を挙げる者、ロケ中の武勇伝を披露する者。誰もが楽しそうで懐かしそうで、そして切なそうで。誰もが別れを惜しんでいた。そう、まるで卒業式のように。

 宴会の最後、ひとりひとりが番組への想いを順に話していった。どのスタッフの発言もみな番組への愛にあふれていたが、中でもその場に居合わせたみんながはっとしたのがこの言葉だ。
 「この『人生の応援歌』という番組は、5年もの間、一度もリニューアルしなかった大変珍しい番組です」
 そうなのだ。
 番組タイトルやコンセプトはもちろん、テロップの字体一つに至るまで初回からまるで変わっていない。唯一ナレーターだけは諸事情で一回変わったが、それでも内容そのものは5年間一度もぶれなかった。
 こんなことはこの業界では本当に珍しい。たいていは途中で「てこ入れ」「リニューアル」の名のもとにさまざまな変更が加えられる。理由は視聴率不振のこともあれば、長く続けるうちにマンネリ化していくこともある。飽きっぽいテレビという世界で、走りながら手直ししていく、そんなことは日常茶飯事なのだ。
 
 「人生の応援歌」はそのどれとも無縁だった。これほどつくり続けてきても飽きるということがなかった。3年目ぐらいからは取材先へ行くと「見ているよ」「いい番組だね」と言ってもらえることも多くなった。テレビの取材はもう懲り懲り、とおっしゃっていた方が番組を見てくれて「この番組なら」と出演を快諾してくれたこともある。
 
 なんて幸せな番組。そしてそんな番組に関われたことの幸せ。
 あの場にいたスタッフみんながそんな想いだったに違いない。もちろん、私も。
 

 そしてもうひとつ、この番組をやっていてよかったのは、現場でたくさんの元気を分けていただけたことだ。

 これも多分珍しいことなのだろうが、撮影に行く現場のスタッフはやけに年齢層が高かった。カメラマンも照明さんもディレクターも、四捨五入すると50代の オッサン ベテランばかりということも少なくなかった。みんなの正確な年齢を聞いたわけではないが、現場での平均年齢は軽く40代後半に届いていたかも。
 そして、出演者は番組ホームページで見ていただければわかるとおり、この道一筋に歩んでいらしたまさに人生の大ベテランだ。取材先でお話を聞くたびに、自分たちはまだまだ若輩者だと痛感した。まだまだ頑張れる、頑張らなくちゃ、とも。

 「人生の応援歌」という番組タイトルは、とかく元気をなくしがちな40代・50代のお父さんたちへの応援歌という意味だったのだが、何のことはない、熟年チームの私たちスタッフが現場でいちばん元気や勇気をいただいていたわけだ。
 こんな幸せな番組はほかにない、と思う。
 
 
 この週末が最終回。
 でもね。番組では最終回とはどこにも出てきません。いつもと同じ内容でいつもと同じように放送してひっそりと幕を閉じようということになりました。
 なぜなら、みんなこれが本当の「最終回」だとは思っていないから。
 いつかまた「人生の応援歌」を制作しよう。それまでのこれはお休み。そう、「番組終了」ではなくて「休止」なのだと。
 そう約束し合って、打ち上げはお開きになりました。

 
 「人生チーム」のみなさん、ありがとう。さよならじゃなくて、またね。



  中京テレビ「人生の応援歌」、3月28日(土)の第257回(一応の最終回)はお菓子職人の小田春雄さんです。たった一人でドライカステラをつくり続けているそのワケを、ぜひ番組でご覧下さい。
  最後になりましたが、これまで番組を支えてくださった出演者のみなさまに心からお礼申し上げます。ありがとうございました。

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 大学病院へ行って医療ドキュメントを撮影してきた。

 と言っても、人間の医療ではない。岐阜大学に、動物の高度先進医療を行う動物病院がある。システムは人間と同じ。地域のかかりつけ医からの紹介を受けた患者(の動物)を診療する二次医療機関だ。手術室はもちろん、超音波からCT、内視鏡など使う設備も人間並み(というか、機器そのものは人間用)。それぞれの専門分野をもつ獣医師たちが、難病の動物たちと闘っている。
 
 大学病院というと、イメージは「白い巨塔」だ。偉い教授のセンセイがいて、医局があって、権謀術数が渦巻いて、何だか一般人には敷居の高いところ。
 と思って少々ビクビクしていたのだが、訪ねて行ってみると出迎えてくださったのはどの先生も、気さくで温厚でそれでいて医療を語れば熱い、とても魅力的な先生ばかりだった。難しい医療用語から最新の医療事情まで、素人の私にもわかりやすく話してくださる姿勢には、ただただ感激だった。勝手なイメージを抱いていてごめんなさい、と心の中で謝る私。
 
 その熱意を伝えるべく、撮影では大学動物病院の一日に密着することに。そう、これはまさに医療ドキュメントだ。

 
 ロケ当日。診療時間のはじまる1時間前に現場に入った私たちに、その日午前中の外来診療を密着させていただくことになっていた先生が告げた、衝撃の一言。

 「例の膠原病のダックスフント、主治医から連絡あって昨日死んじゃったんだって」

 紹介状をもって予約制で受診する大学病院なので、あらかじめ当日どんな患者がやってくるかおおよそわかっている。この日、内科の外来診療でメインに撮影させていただく予定で打合せを進め、飼い主さんの出演承諾もいただいていたワンちゃんが、前日急に亡くなってしまったというのだ。
 朝いちばんからいきなりのアクシデント。いったいどうなるのだろう。予測不能な現場に、スタッフも青ざめる。
 
 とにかくカメラを回すしかない。淡々とありのままを撮ろう。
 機材を搬入して診察開始を待ちながら、心の中で医療ドキュメントを制作する辛さをあらためて噛み締めていた。

 番組としては、盛り上げるためにも難しい病気をもつ患者さんが来てほしい。その病気に医師たちがどう立ち向かい、飼い主さんとともにどんな治療を選択し、その結果どうなったか。立ちふさがる壁が高ければ高いほど、揺れ動く心の幅も大きくなる。できればその一瞬の表情をとらえて、テレビの前にいる人たちに伝えたい。
 
 でもその一方で、心はひどく痛むのだ。重い病気を持つ動物たちなんて、来ない方がいいに決まっている。自分も犬を飼う一人として、飼い主さんの心情は手に取るようにわかる。動物と言えど、大事な家族の一員なのだ。病気を喜ぶ人間がどこにいる。
 
 来てほしくないような、でも来てくれないと困るような。
 そこでふと気づく。今回は動物病院だからまだよかったのだと。これがもし人間の病院だったら。よく『救命救急病院 密着24時!』なんて番組をやっているけれど、これこそ患者さんは来ない方が本来いいわけで。でもだからといって一人も来なかったら、番組は成立しないわけで。
 
 幸いにも(という言い方が決していいとは思わないが)この日、初診のワンちゃんがやってきてくれて、診察のようすを無事に撮影させていただくことができた。しかも検査の結果、深刻な病気ではあるが原因がはっきりとわかり、治療の目処も立つという。先生の「手術すれば治ります」の言葉に、ほっとする飼い主さん。カメラの後ろで私たちスタッフも、思わず胸を撫で下ろしていた。あぁよかった。
 
 
 午後からは手術シーンを撮影することになっていた。お願いしていたのは腫瘍科の先生。こちらは内科以上に厳しい病状の子がやってくる。腫瘍にもいろいろあるが、悪性腫瘍はいわゆる癌だ。事前の取材では助からないケースの方が多いとさえ聞いていた。ここでも悩む。悲惨なシーンは撮りたくないが、それもまた現実なのだ。目の前に突きつけられた時、私たちは果たしてカメラを回し続けることができるのだろうか。

 
 もうね、ここから先はどうかオンエアを見てください。
 朝から夜まで私たち撮影隊は一日病院にいましたが、こんな思いを先生や病院のスタッフは毎日しているわけです。そしてどの先生も、いったいいつご飯を食べているのだろうというほど働いていらっしゃいます。ほんとうに頭の下がる思いでした。

 
 台本をつくっていて獣医学のことを調べていた時に、こんな言葉を見つけました。
 
 『獣医学というのは動物を診ることではない。医師、歯科医師、薬剤師が「人間を助ける職業」である事と同様に、獣医師は「人間を助けるように動物を処置する職業」であり、「直接的に動物を助ける職業」ではない』   
             出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

 
 獣医というと動物を助けるカッコいい職業というイメージがありますが、実際には「動物を助けることを通じて、人間を助ける・幸せにする・利益をもたらす」のが仕事。そのことを、取材させていただいたどの先生も、言葉は違えど仰っていたのが印象的でした。
 そのために並々ならぬ覚悟で医療に立ち向かっていらっしゃいます。その一端でも、今回の番組で伝えることができたらと思います。
 
 最後の獣医師の一言。私はグッときました。

 
 
 岐阜大学動物病院の密着ドキュメントは、3月15日(日)の東海テレビ「スタイルプラス」で放送される予定です。
 最後になりましたが、病院長の鬼頭先生、内科の前田先生、腫瘍科の森先生、お忙しい中をほんとうにありがとうございました。インタビューや撮影に応じてくださった飼い主の皆様にも、この場を借りて心よりお礼申し上げます。

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 初対面の人と会う時、真っ先に目がいくのはどこだろう。あるいはその人と別れた後、いちばん印象に残るところは?
 
 私は「声」だと思っている。この場合は、目がいくんじゃなくて耳がいく、だが。
 人の好感度を決める指標として「声」はけっこう重要なポジションを占めるのではないだろうか。男でも女でも、少し低音で柔らかい、耳に心地よい声を発する人というのはいつまでも記憶に残るような気がする。
 
 英国の作家Anne Karpf(アン カープ)著の『「声」の秘密』によれば、日本の女性は世界でももっとも高い声を発するらしい。そのなかで女性キャスターの小宮悦子氏は、努力を重ねて低い声でアナウンスする技術を身につけたそうだ。なんでも3年間で約20ヘルツも下げたんだとか。
 私も以前何かで読んだことがある。彼女が「ニュースステーション」のキャスターに抜擢された時、久米 宏氏から出た注文というのが「ニュースを読む時は低い声で」という話。
 そう言えば、当時女子アナと言えば高くて女性らしい声でニュースを読むのが普通だった時代に、えっちゃんの声はドスが効いているかと思うほど低かった。それが結果的にオジ様たちのツボにはまったわけだが。
 
 『「声」の秘密』に戻ろう。著者によると「男性中心の社会では男性の声が信頼できるとみなされるため」女性キャスターも低い声でニュースを読む方が信頼されやすいということなのだそうだ。なるほど、久米氏の指摘は的を得ていたことになる。
 
 確かに、同じことを伝えるのでも甲高い声でキンキンまくしたてられるよりは、低い声で落ち着いて話された方が説得力があるよな。
 そのことに気づいてから、仕事などで初対面の人に電話をかける時や人を説得しないといけない場面では、意識して低い声で話すようにしてきた。私の場合ただですら地声がでかいので、これ以上高音でまくしたてられたらうるさくてかなわないだろうな、というまわりへの配慮もある。(事務所の皆さま、いつもすみません。うるさいのはわかっているんです。反省もしているんです)
 
 低い声で話す、というのを最も心がけるのはプレゼンの場だ。
 ありがたいことにあちこちからお声を掛けていただいて、今年一年ポルックスはずいぶん多くのコンペに参加させていただいた。プレゼンテーターはたいてい私。持ち時間を10とすると9ぐらいを私が喋って、最後に残り1をうちのディレクターが締めるというのが定番のスタイルになりつつある。
 
 他社のプレゼンテーターはほとんどが男性だ。女性のプレゼンテーターというのはそれだけで目立つらしい。できればそれがプラスに働きますように。審査員たちの印象に残るプレゼンになりますように。
 始まるまでの緊張感を楽しみつつ手順を確認する。準備は万全。リハーサル通りにやれば完璧なプレゼンになるはず。あとは──低い声で話し出そう。最初の一声はアルトで、だ。
 
 
 そんなことを考えながら参加してきたコンペで、最近立て続けに「当選」の知らせを受けた。いや、別に私の「声」にオジ様たちがまいったワケではないだろうが。
 
 コンペに通ったこと自体もちろん嬉しいが、ウンウン考えて書いた企画を制作できることが何よりも嬉しい。
 ポルックスには企画専門の部署があるわけではなく、ふだん構成や演出をしている私たちが「こんな映像をつくってみたい」と知恵を出し合って企画をつくる。文章に書くのは私の担当だが、コンセプトワークから演出のアイディアまで、これまでの制作現場で培ったノウハウをみんなで思う存分詰め込むのだ。完成するのはつねに「今」私たち制作者がぜひつくってみたい、見てみたい、という思いにあふれた企画書になる。
 
 それが実際につくれるという喜び。自分たちの考えた企画が映像になる嬉しさ。辛かった企画書作成の時間が一気に報われるというものだ。
 とは言え、喜んでばかりもいられない。通ったあとは、これまた膨大な制作の実務が待ち受けている。でもがんばるよ。私たちを選んで下さったクライアントに応えるためにも。

 
 写真は、レギュラー番組の「人生の応援歌」の取材で恵那山の麓にある岐阜の山岡町に行った時のもの。途中の道の駅に日本一大きな水車があって、うひょうひょと写真を撮っていた直後に「この前のコンペ、通りました!」という一報が飛び込んできた。
 一緒に行ってたムラセは、立て続けのコンペ当選の知らせに「いよいよポルックスの時代がきたってことですかね」などと大きなことを言っていたが。
 これからが忙しくなるよ。気を引き締めて、いい作品をつくろう。
 
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 やっと来年の手帳を買った。
 最近、打合せや会議に出席するたびに年をまたいで来年のスケジュールの話が出る。年末年始、私たちはあまり休めそうもないが、世の中はお休み。取材もロケも相手がお休みではできないので制作スケジュールはどうしても年末年始を避ける形になる。イレギュラーな進行になるのは例年のことなので、どこへ行っても早め早めにスケジュールの確認をすることになるのだ。
 
 あぁ早く手帳を買わなくちゃ。そう思いつつ、なかなか時間がとれなくて先延ばしにしていたのを、先週やっと仕事の合間に東急ハンズに駆け込むことができた。
 
 文具売場の手帳コーナーには、この時期ものすごくたくさんの手帳が並ぶ。今年の手帳も気に入っていたけれど、同じでは気分が変わらないし。かといって、あまりにもタイプが違うものも使いづらそうだし。あれこれと手に取って悩む時間がとても楽しい。
 
 思えば手帳の好みも、私の中でずいぶんと変遷を重ねてきた。
 仕事用の本格的な手帳を手にした最初の記憶は、まだ大学生だった頃。すでに今の業界でバイトしており、街から街へとネタを拾いながら年間300件くらい取材をしていた。そのアポイントや取材のメモまで何でもかんでも手帳に書き込めるのが嬉しくて、当時流行った分厚いFILOFAXのシステム手帳(本革製で1万円くらいした)を得意げに持ち歩いていた。毎年中のリフィルだけ買い替えて、就職してからも長く使っていた気がする。
 
 でも重いのだ、FILOFAXって。鞄の中でかさばるし。
 で、次にハマったのがQuo Vadis。フランス生まれの手帳というのもお洒落だったし、1週間見開きで時間軸があるダイアリーのフォーマットは、次から次へと放送局を渡り歩いていくつも打合せをこなすのにうってつけだった。これも毎年同じものを買い続けてずいぶん長い間使っていたなぁ。
 
 でも年とともに体力がなくなってきた。分刻みのスケジュールはもうこなせない。打合せや取材はできれば一日に1つか2つにしよう。
 そう思うようになった頃から時間軸のある手帳はいらなくなった。ついでに物忘れも激しくなったからか、思いついたことをすぐにメモっておける広いフリースペースがあるものが便利になった。荷物を重くしたくないので、軽さとコンパクトさも必須だ。

 というわけで、ここ数年はA5版のノートタイプの手帳に落ち着いている。来年の手帳も迷った末に同じタイプのものにした。
 写真上のが新しく買った手帳ね。なんでわざわざこんなこと書いてるかというと、今年の手帳が懇意にしているプロデューサー氏とまったく同じだったのだ。偶然にも。信じられないけれど、携帯まで同じ。打合せの席で手帳と携帯を取り出すたびに、怪しい関係と思われないかとヒヤヒヤしたものだ。
 
 O君、来年は私ベージュでいくから。今度こそお互いかぶらないようにしようね。

 新しい手帳はなんだか嬉しい。よーしまた一年がんばるぞという気分にさせてくれる。さっそく袋から取り出してすぐに使えるようにデスクの上に置いておいたら、しばらくしてうちのディレクターが私のところにやってきた。
 「あのさ、いいこと教えてやるよ」
 「なに?」
 「オマエの手帳さ、オレとおそろ。色違いってやつ?」
 うそーーー! なんでだよ。

 関係者のみなさん、私たち好き好んでお揃いにしてるワケじゃありません。偶然なんです、偶然。あーあ、またこうして一年間言い訳しなくちゃならないのか。
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# by aya_harumi | 2008-11-30 20:40 | 日記
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 この3連休、各地は紅葉まっさかり。行楽に出かける人もきっと多いのだろうな。
 わがポルックスはと言うと、働いてますよー、みんな。制作中の企業ビデオの撮影素材を撮った端から編集したり、局へ行って番組の本編集に立ち合ったり。私も来週あるプレゼンの準備をしつつ、次の番組の構成を書くのにカンヅメになってます。
 またしても紅葉を見に行くどころじゃありません。って、桜の時期にもそんなこと言ってたっけ。あぁ季節感のない仕事。悔しいので、近所の公園に散歩に行ったついでに写真だけ撮ってきたり。
 
 この週末、彼女たちも忙しく働いているんだろうなぁと想いを馳せる人たちがいる。先日取材でお会いしてきた女将さんたちだ。
 番組の企画で温泉旅館の女将に密着することになり、三重県にある湯の山温泉にお邪魔してきた。御在所岳の麓にある旅館街は、今やまさしく紅葉まっさかり。一年中でいちばん忙しい時期なのだと言う。そんな中、時間を割いていただいて3人の女将さんたちにお話を伺うことができた。老舗旅館を2つ切り盛りするベテラン女将に、縁あってこの地に嫁いできた若女将お2人(ちなみに、3人ともタイプは違いますが「美人女将」です)。
 
 女将と言えば旅館の顔。でも私たち宿泊客が見ることのできる女将としての顔の他に、妻として母としてどんな顔があるのだろうというのが今回のテーマの一つだ。取材では、仕事しながらの家事や子育てに話が及んだ。
 
 若女将2人は、まだ保育園に通うお子さんがいる。そのうちのお一人、家族経営で女将と言えど電球の取り替えからトイレの水の具合まで、何かあれば走り回らねばならないと言う若女将は
 「母親でいられるのは一日のうち1時間くらい。朝ご飯をいっしょに食べるのが精いっぱいです。あとは引退した大女将に見てもらっていて、夜仕事を終えて戻ると子どもはもう寝ています。でもそういう生活をしてると子どももたくましくなりますよ」
 と屈託のない笑顔で話して下さった。うん、わかるよ、わかる。心の中でうなずく私。
 
 うちの子どもたちも、保育園はいつも延長保育で迎えに行くと最後の一人、というのが珍しくなかった。小学校に入ってからは学童保育。寂しい思いをさせたかなと思いきや、本人たちは意外とけろりとしていて
 「最後までいると先生を独り占めできて楽しかった。いい思い出だよ」
 とつい先日も話していた。そんなもんか。

 大きくなった今では貴重な戦力だ。小さい頃から年齢に応じてできることは手伝わせてきたので、2人ともたいていの家事はこなすことができる。母親があてにならないことをよく知っているから、自分のことは自分でやるしかないという感じだ。朝、自力で起きるのはもちろん、翌日学校に持っていく体操服の洗濯から給食のエプロンのアイロン掛けまで自分たちでとっととやっている。
 いつだったか、最低限の夕食のしたくだけして「2人で食べておいて」と慌ただしく出かけたら、おかずが足りなかったのか自分たちでサラダをつくって食べたということもあった。帰ってきて台所を見ると食器もちゃんと洗ってある。大したもんだ、ありがたいと心の中では思いつつ、
 「あんたたち、将来結婚したときに今やってることが役に立つよ。あぁあの時がんばって家のことやっておいてよかったって、きっと感謝するから」
 などとのたまう私。人生なにごともプラス思考だ。がんばれ、ムスメたち。
 
 先日、ムスメたちとの夕食後、日頃の疲れがたまってソファでうとうとしていた私の耳に2人の会話が聞こえてきた。
 「あーあ、一度でいいから『ご飯できたよー』って言われて下りてきたら、お皿も並んでてご飯もみそ汁もおかずもぜーんぶ並んでるっていう晩ご飯がいいなぁ」
 と言うのは次女の声。そうだね。お皿並べるのもご飯よそうのも、みんなキミの仕事だもんね。と、それに答えて長女が冷めた声で一言。
 「あきらめな。うちじゃムリ」
 ささやかな妹の願いが、ミもフタもなく吹き飛んだ。
 「わかってるよ。ちょっと言ってみただけ」
 「今やっておけば、いつかケッコンしたとき困らないじゃん。ね」
 ん、どこかで聞いた台詞。
 
 いつでもヨメに出せます。って、自慢にならないか。
 でもね、本当にいつか感謝するって。この私がそうだったんだから。

 
 
 湯の山温泉の女将さんたちの密着ドキュメントは、12月14日の東海テレビ「スタイルプラス」で放送される予定です。
 最後になりましたが、ホテル湯の本の西田さん、鹿の湯ホテルの伊藤さん、蔵之助の矢田さん、お忙しい中をほんとうにありがとうございました。撮影でもまたうちのスタッフがお世話になります。みなさんの素敵な笑顔をたくさんカメラに収められたらいいなと思っています。

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 先週気の張るプレゼンを1つ終え、ひと息ついてます。とりあえずこの週末はたまっていた事務やら散らかり放題の机の整理、頭の中で転がしていた企画を忘れないうちにメモにして、ついでに来週書くものの下調べも・・・
 なーんてやっていると、いつまでも仕事モードから切り替わらない。これではダメだっ。

 よし、こんな時はおやつをつくろう♪

 で、つくったのが「かぼちゃプリン」。2日遅れのハロウィンだね。
 かぼちゃをレンジで柔らかくしてつぶして、そこに卵とお砂糖と牛乳を入れて裏ごしに。それを蒸し器で蒸して、と・・

 つくっている途中でムスメがやってきて
「あ、この前よりプリンっぽいじゃん」
 そう。実はこれ、リベンジなのだ。

 以前やっぱり突然その気になってつくったかぼちゃプリン。でもあまりに適当につくりすぎて、できたものはムスメいわく
「これ、プリンって言われるとうーんだけど、かぼちゃのムースって言われれば納得」
な出来映えだったのだ。
 たぶんかぼちゃの分量をちゃんと計らなかったのと、ゼラチンがなかったので似たようなもんかと寒天でつくったのがいけなかったんでしょうね。(この時は加熱しない、冷やし固めるタイプのプリンだった)ムースと言うよりかぼちゃのペーストを冷たくしたみたいな感じで、正直微妙だった。まぁそれなりに美味しいと食べてはもらえたけど。

 今回も突然思いついたので、ゼラチンも生クリームもなし。ならばとふだん家にある材料だけでできるレシピに変更! 今度はプリンらしくなったような。うーん、でもやっぱり食べてみるまでわからないかなぁ。


 
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 プリンを入れたうつわは、実は「湯のみ」。ちょうど蒸し器に並べられる大きさで手頃だったので。

 うつわを買うときは、用途が限られずいろんなものに使えるものを自然に選んでいるような気がする。わが家では、抹茶茶碗が納豆のうつわになったり(だって納豆2パックぐらいがちょうど入るのよ)、小さめの丼がスープカップになったりなんてのはしょっちゅうだ。
 貧乏性? いえいえ、なにを入れようかなぁってうつわ見ながら考えるのが好きなだけ。

 さぁ、頭切り替えて、明日からまた仕事がんばろっと。と思っていたら

ムスメ「じゃああしたは私が何かつくろっかなー」
私  「え、明日って学校あるんじゃないの?」
ムスメ「何言ってんの。文化の日。世間は休みだよ」

 し、知らなかった。3連休なんだ。いいなぁ。
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# by aya_harumi | 2008-11-02 18:11 | 日記
「125、126、127‥‥128、129‥‥」
「もう3分の1きましたよ」
「グラウンド30って‥‥ありましたよね、さっき」

 超巨大施設の、天を衝いてそびえ立つ塔。その内部に沿って、螺旋状にのぼっていく階段。めざすゴールは地上100m!!
 
 下を見ると目眩がする。上を見上げれば気持ちが萎える。ひたすら足元だけを見つめて、頭の中を空っぽにして、階段を数えることに集中する。

 バスケで鍛えているつもりでも、息がどんどん上がってくる。ヘルメットと防塵マスクの内側はじっとりと汗ばんでいる。
 こんな展開になるとは予想せず、ヒールのある靴を履いてきた自分が恨めしい。履き慣れた靴だったが、さっき甲のストラップがとうとう切れてしまった。
 
「‥‥433!」

 果てしなく思えた階段が終わった。ハッチが開けられる。頭上には青空。あとは目の前にある梯子を数段のぼれば、頂上だ。
 ここまで来たら。靴を脱ぎ捨て、梯子に手をかけた。
 

「うわーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!」


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 これが地上100mからの眺め。遮るものは何もない、360度の大パノラマ! 「初日の出をあそこから見ると最高だよ」と教えてもらったけれど、確かにそのとおりだ。
 これまで数々の過酷な現場に潜入してきたけれど、これは過酷さも最上級なら感動も最上級。ものすごい達成感がぶわーっと胸いっぱいにひろがった。うん、がんばった、私。
 
 
 
 とある番組の取材で、とてもとても貴重な体験をさせていただきました。今はまだ詳しいことは書けませんが、近いうちにどこにのぼっていたのか発表しますね。
 私たちを案内していっしょにのぼってくださったイマイさん、ほんとうにありがとうございました。あとは撮影当日ですね。スタッフ全員、カラダ鍛えて備えます。
 
 
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 取材を終えて。この塔のてっぺんにおりました。達成感ひとしおの1ショット。



 【追記】
  この日お邪魔していたのは、名古屋市港区の南陽工場。名古屋市から出るごみの半分を処理するという、
  巨大ごみ処理工場(全国でも2番目に大きい)に潜入!してました。
  この様子は、東海テレビ「スタイルプラス」で、11月9日(日)に放送されます。
  番組レポーター(コンシェルジュ)もご自分のブログで撮影の時(10月28日)のすっごい様子を記事に
  されてました。どうぞスタッフみんなの奮闘ぶりを見てやってくださいね。

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# by aya_harumi | 2008-10-18 12:31 | 日記