カテゴリ:日記( 18 )
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 お世話になっている愛知県児童総合センターからの依頼を受けて、研修会の講師をつとめさせていただきました。
 県内市町村の児童館職員を対象にした研修事業の一つで、テーマは「広報」。これまで番組やビデオ制作を通じ、多くの広報・PRのお手伝いをさせていただいた経験がお役に立つなら、と二つ返事で引き受けたのはよかったのですが。

「遊びや子育てをテーマにした研修と違って、広報研修はあんまり人が集まらないかもしれないです」
 と聞いていたので、せいぜい30人くらいかなぁと高を括っておりました。蓋を開けてみれば定員を大きく上回る70人!えー、嘘でしょ。話違うでしょ。大丈夫なのか、私。
 もともと人前で話すのは苦じゃない、むしろ好きと、プレゼンも数多く経験してきましたが、さすがに70人の聴衆を前に話すのは初めて。久しぶりに心地よい緊張感をもって臨んだ研修会でした。
 当日は午前、午後あわせて5時間の長丁場。参加者を飽きさせないように、さまざまなアトラクション(!)も取り入れながら、盛りだくさんの内容だったと思います。

「あー、楽しかった!」
 終わった瞬間、そう言いながら立ち上がった参加者の言葉に、心底ほっとしました。帰る時もみなさん笑顔、笑顔、笑顔。よかった〜。
 回収したアンケートにも、嬉しい言葉がたくさん並んでいて。ありがとうございます。あまりに嬉しかったので、以下引用させていただきながら振り返りを。


 大学の偉いセンセイでも、大企業の広報担当でもない私がやる研修会だから、小難しい理論を話しても説得力がない。その代わり、徹底的にユーザー目線で、児童館のみなさんがふだん当たり前と思っている常識を揺さぶるような展開にしてみました。
 毎月発行している「児童館だより」については、厳しいことも言いつつ、せっかくなんだからプロの技に学ぼう、と簡単でわかりやすい事柄に絞っていくつか紹介させていただきました。

「今までもっていた広報のイメージが大きく変わりました」
「講師の言葉に衝撃を受けました。今までやっていたことと真逆だった」
「具体的で、目からウロコで、来月号からすぐに活かせる内容でした」


 そしてライター・構成作家として長年仕事をしてきた私としては、文章の力、心を揺さぶる文章は人を動かすことができるよ、と伝えたかった。案の定「文章は苦手」という参加者が大勢占める中で、どうしたら苦手でも書けるのか、私なりのノウハウを盛り込んでみました。

「書くことが楽しくなりました」
「読み手の立場に立って書くと、がらっと変わることが実感できました」
「4月からは自分の言葉で文章を書きたいと思います」

 うんうん。書くことは楽しいよ。自分の言葉が読み手に伝わるともっと楽しいよ。

 
 午後のグループワークでは、今まで見たこともないような「児童館だより」を制作しよう!と少々大胆な提案をしてみました。どんなものができあがるか、いやそもそも完成するのか、不安もありましたが結果は‥‥

「頭フル回転!完成した時は疲労感とともになんともいえない達成感!」
「いつも一人で思い悩んでいましたが、皆でつくるのは楽しいと再認識しました」
「あーもう一度チャンスを‥‥という気分なので、館でやってみたいです」

 そうそう。敢えて厳しめの制限時間を設けたので、もっと作り込みたかった!せっかく教わった技を生かしきれなかった!という班も多かったはず。
 でもね。それでいいんです。あの場で求めたのはクオリティではなく、みんなで協力してつくる「楽しさ」「充実感」だったのです。

 どの児童館も、子どもたちのためにがんばって楽しい遊びや空間を提供しています。なのにそのことを伝える広報や児童館だよりはなかなかうまくいかない。苦労してつくっても読んでもらえない。だからますますおたよりを作るのが辛く苦しい作業になる──そんな“児童館広報あるある”をぶち壊したかった。

 あのね、自分たちが楽しんでつくらないと、楽しさは伝わらないよ。
 番組づくりでも辛くて苦しいことはたくさんあるけれど、やっぱり制作者である私たちが心の底から楽しい!面白い!と思ってつくらないと見ている人に楽しんでもらうことなんてできないとずっと思ってきました。
 そのことが伝わるといいなぁと思っていろいろ仕込んだ研修プログラムだったので、参加者の皆さんが楽しそうに(切羽詰まりながら)制作をすすめている光景はほんとうに嬉しいものでした。

「自分たちが見て楽しいものを、楽しく作りたいと思いました」
「次年度の児童館だよりをどう作ろうかと、今からワクワクします」
「広報誌、今までより楽しく作成できそうです」


 児童館というのは楽しいところ。子ども時代、入り浸って遊んでいた私にとって、児童館は学校ほど窮屈でなく、自由でのびのびできて、仲間も大好きな大人もいる、特別な場所でした。
 時代は変わって、児童館のもつ「楽しさ・自由さ」は変わらないどころか、ますます必要とされていると思います。そしてその楽しさは、児童館の職員の皆さんが心から楽しく仕事をしていないと子どもたちに伝わらない。
 だからこそ、広報の仕事を苦行ではなく、楽しんでもらえるといいな。そして、今児童館を必要としている子どもたちがたくさん笑顔になれるといいな。かつての私がそうだったように、楽しい思い出をたくさんつくって大人になってくれるといいな。そう願って実施した研修会でした。
 伝わったかな。その思い。

 
 最後になりましたが、当日研修会に参加してくださった皆さん、そして講師のわがままを数多く聞いてくださった児童総合センターのスタッフの皆さん、ありがとうございました。皆さんとつくった「あいちのじどうかんだより」は私の宝物です。大切にします。

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 今回実施した広報研修は、児童館以外でも展開可能です。
 市役所、保育園・幼稚園、公民館、PTAやNPO団体など、伝えたい思いはあるのになかなか伝わらないとお悩みの方はメールでご相談ください。
 読んでもらえる広報誌のつくり方や文章講座、効果的なプレスリリースの仕方など、講演・セミナー・勉強会でお役に立てることがありましたらお声掛けいただければ幸いです。

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by aya_harumi | 2016-01-31 19:24 | 日記
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 あるとき部屋の整理をしていたら昔撮ったビデオが出てきた。娘たちが幼かった頃のビデオ。もうすっかり忘れてしまっていたなぁと久しぶりに再生してみたら、家の中で、近所の公園で、保育園で、よちよち歩いたり笑ったり泣いたりしている娘たちが次々と映し出された。うわぁ、可愛い!こんなときもあったんだ。懐かしくてほろ苦くて、気づいたら何度も何度も見ていた。
 そしてふと考えた。もうすっかり大きくなってしまった娘たち。彼女らとこの家で一緒に暮らせるのはあと何年だろう。ともに語り、笑い、ときに喧嘩しながらも日々を過ごせる今このときが、かけがえのないほど大切なものかもしれないと。
 そう思うようになってから、ノートに日記のようなものを綴っている。娘たちとの出来事……休みの日にランチを食べに行った、一緒に料理をつくった、こんな話をしてくれた……何気ない日常でページがどんどん埋まっていっている。
 娘たちが旅行に出かけたときは、旅先で撮った写真をメールで送ってもらいコラージュに。旅の途中で見たものや美味しかったものの話も添えながら、まるで自分が行ったかのような壮大な旅日記になる。娘たちの嬉しそうな顔がたくさん溢れていて、読み返すだけで楽しいページだ。
 娘たちには少々面倒臭い母親だと思われているに違いない。でも分厚くなったノートをめくりながら思う。いつかきっと、娘たちが巣立っていった後に、このノートに綴った日々は宝物になるに違いないと。こんな時もあったね、あんなこともあったね、楽しかったねと、懐かしくほろ苦く語り合う日がやがてくるのだろう。
 そのときを楽しみにまた何気ない日々を綴っていこう。一日一日、「今」このときを大切に抱きしめながら。




 久しぶりに作文を書いた。
 
 きっかけは夕食のときの長女との会話だった。
 現在大学3年生、絶賛就活準備中の長女、この秋から冬にかけて志望業種のセミナーやらインターンシップに精力的に参加している。人気業種は参加するにも選考があって、本番さながらのES(エントリーシート)が求められたり、課題として作文が必須だったり。私たちの時代の就活とは大違い、今の学生はほんとうに大変。
 
 で、もうすぐ締め切りのとある会社の作文、お題は『私が大切にしていること』。書く内容が浮かばずに四苦八苦してるのだとか。
 「これ、“もの”じゃなくて“こと”なんだよねぇ。」
 「そう。大切な“もの”なら簡単なのに“こと”って言われると意外と難しくて」
 「“家族”とか“友達”とか“時間”とか、みんな書いてきそうじゃない?」
 「あるある。できればみんなと違うこと書きたい」
 「いっそ“お金”とか“出世”とか一見ネガティブなもので書き出すっていうのは?」
 とか何とか、とりとめもなく話していた。こういう会話の中からアイディアが突然ひらめくこともあるからね。いいよ、つき合いますよ。というくらいの軽いキモチ。
 
 すると、突然ひらめいてしまった。私が。
 猛烈に書きたくなって、長女にパソコン借りて一気に書き上げたのが冒頭の作文。
 原稿用紙に文字を埋めていく作業は無性に懐かしくて楽しくて、あぁやっぱり作文好きだなぁとあらためて思う。規定の800字、原稿用紙2枚を書いて長女に見せたら
 「なんでお母さんが書いてんの。しかもこれパクろうにもパクれない内容じゃん」
と呆れられた。はい、すみません。

 私の作文が功を奏したかどうかはギモンだが、その後無事に長女も書き上げたようで、朝起きたら机の上にプリントされた作文が置いてあった。
 はいはい、添削しろということね。
 読んでみたらなかなかうまく書けている。全体の構成は完璧。バランスもいい。少しだけ言葉を言い換えたり、なくても伝わるところを削ったりした後で、余白に「うまくなったね、作文」とコメントしておいた。
 
 文章を書くのは筋トレと似ている。ふだんから地道に書き続けていると、脳みその筋肉が鍛えられてどんどん上達してくる。言いたいことを表現するための語彙も増えていく。なにより頭の中でもやもやしていたことがすっきりとカタチになる。考えたことが血肉となり、また次の思考の海へと漕ぎ出すことができる。
 
 以前このブログにも綴ったが、毎日のように締め切りに追われていた時期が私にもある。お陰でずいぶん書く筋肉は鍛えられたように思う。逃げ出したくなるほど辛かったこともあるが、久しぶりに書いてみたら楽しさが甦ってきた。
 まだ私の筋肉、衰えていないかな。たまには筋トレしましょうか。楽しみながら。


 *作文中の「日記のようなノート」は instagram (@haru_note)で公開しています。よろしければこちらもどうぞ♪
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by aya_harumi | 2015-12-12 12:41 | 日記
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 ♪伊勢へ行きたい 伊勢路が見たい せめて一生に一度でも
 
 『伊勢音頭』の一節です。(台本の初稿に書いたのに、見事にカットされたのでここで復活)
 唄にも歌われるほど、江戸時代の人々にとって伊勢参りは庶民の一生の夢。移動を厳しく制限されていた時代にあって、伊勢神宮に詣でることは信心深さもあっただろうが、何よりも唯一憧れの観光旅行に近かったような気がする。
 60年に一度大ブームが起きているようだが、いちばん凄かったのは文政13年(1830年)。南は九州鹿児島から北は東北秋田まで、430万人もの人が伊勢をめざしたという。当時の日本の人口が3200万人ほどだから、日本人の7〜8人に一人は伊勢を訪れたわけだ。
 ちなみに、人気グループ嵐の昨年の全国ツアーでは全15公演で76万人の動員があったんだって。比べるのはちょっと違うかもしれないが、ブームという点では完全に伊勢参りの勝ちだ。
 
 江戸時代の旅は街道が整備されていたとは言え、時間もお金もかかる。それを支えたのが伊勢神宮のお膝元、伊勢の人々だ。
 街道で食べ物や宿、わらじなどの旅道具やお風呂まで無料で与える「施行(せぎょう)」が盛んに行われたという。「抜け参り」と呼ばれるように、家や職場を抜け出し、親や奉公先の主人に無断でお参りに出ちゃう人々もいたそうだが、着の身着のまま旅に出てしまってもなんとかなったということらしい。
 主人が病気で伊勢参りに行けなくなったため、飼い犬を行かせちゃった人もいる。福島の旧家で飼われていた「シロ」は、首に「この犬は主人の代わりに皇大神宮にお参りさせる」旨を書いた袋をくくりつけられ一人(一匹)で旅に出たところ、2ヶ月後にちゃんとお伊勢さんのお札を持って帰ってきたという。忠犬ハチ公もびっくりだ。道中さまざまな人がシロに食べ物を与えたり一緒に歩いたりしたらしい。
 
 伊勢の人々は「自分たちの暮らしがあるのはお伊勢さんのおかげ」と考え、旅人たちは「無事にお参りできるのは伊勢の人々のおかげ」と言い、いつしか伊勢参りのことを「おかげ参り」と呼ぶようになったんだそうな。
 
 
 なんでも今年は60年に一度の「おかげ年」にあたるのだそうで、番組で伊勢神宮の特集を組むことになった。私たちポルックスは年間400万人の来場者を誇る伊勢の人気スポット「おかげ横丁」を担当することに。
 
 おかげ参りの頃の賑わいをと、伊勢路の街並みを再現してつくられたのが「おかげ横丁」だ。赤福や伊勢うどんを始めとする伊勢路の食べ物やお土産品があって、いつも大勢の人で賑わっている。
 実はわが家も家族で毎年のように訪れていて、赤福氷やてこね寿しなどさんざん堪能させてもらってきた。よし、おかげ横丁なら詳しいぞ。まかせとけ、と取材に向かったのだが。
 
 いざ取材してみたら、知らないことがいっぱいだった。
 
 ロケ日は偶然だが6月1日。1日と言えば、赤福の「朔日餅」がある。確か早朝から発売されるんだよな。よし、じゃあその発売時間からカメラを回そう。
 と思ったら、最初に取材したラーメン屋さんが「31日は夜中の12時に店を開ける」という。朔日餅に並ぶお客さんに深夜ラーメンを食べてもらえるように。
 「わかりました、じゃあ夜中の12時に来ます!」
 次に打合せしたおかげ横丁の広報の人は「あぁそれなら31日は『みそか寄席』がありますよ」と笑顔でおっしゃった。朔日餅に並ぶ人のために、月末の夜7時から落語会を開いているのだという。
 「わかりました、じゃあ31日の7時に・・」
 
 と、どんどん撮影開始時間が早まり、なんと31日の夜から翌1日の夕方まで、ぶっ通しでロケという前代未聞の事態になってしまいました。寝ずにカメラを回し続けたうちのディレクターは、横丁のあちこちで「あれ、まだいるの?」「大変ですね」と呆れられるやら気の毒がられるやら。
 
 苦労はしたけれど、おかげ横丁に行ったことのない人はもちろん、何度も行っている人でもきっと楽しめる内容になったと思います。だって私も思ったもの。来月あたり朔日餅買いに行こうかなぁって。うちのディレクターには激しく却下されそうだけど。


 この模様は、6月13日(日)の東海テレビ「スタイルプラス」で放送される予定です。
 最後になりましたが、伊勢福の三田さん、郡山さん、そして横丁の住人の皆さん、うちのロケ隊が長時間お騒がせいたしました。あたたかく迎えていただけたことが何より嬉しかったです。この場を借りて心よりお礼申し上げます。




 おまけに。

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 横丁で見つけたもの。昔懐かしい井戸やポストがあります。
 屋根瓦の上にはよく見ると、あちこちに可愛らしい動物たちがいます。
 どこにあるか、おかげ横丁に行ったらぜひ探してみて下さい。
 
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by aya_harumi | 2010-06-11 14:46 | 日記
 お刺身、と言ったら何を思い浮かべますか!?
 
 私は断然マグロ。トロが食べたい!などと贅沢は言わないけど、赤身のマグロをつんとワサビをきかせて食べるのは大好きだ。
 ハマチやブリも好き。ブリは特に父方の出身地(岐阜 高山)の風習で、子どもの頃からお正月には欠かせない食材だった。山間地ではブリは貴重品で、だから年越しのご馳走として食べられてきたのだと言う。「今年も一年無事に過ごせました、の“無事”と“ブリ”をかけて・・」云々という父の話が始まると、あぁ今年も一年終わったのだなぁと子供心に感じたものだ。
 実家では照り焼きにして食べていたけど、今わが家ではお刺身でいただく。少し贅沢になったもののご馳走には変わりない。
 
 ご馳走と言えば鯛という人もいるだろう。“めで鯛”食材、ハレの日に食べるご馳走という地位は日本全国どこへ行っても共通だろうとずっと思っていた。
 
 ・・違うのだ。ところかわれば、だったのだ。


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 岡山県備前市の日生(ひなせ)というところへ行ってきた。瀬戸内海に面した小さな港町。港からは小豆島へ渡る船が出ていたりするものの、鄙びた雰囲気のあるのどかなまちだ。
 ここは古くからの「鰆(さわら)」の産地の一つ。魚へんに春と書くこの魚は、5月から6月にかけて産卵のために播磨灘にやってくる。その漁の様子を取材させていただくのが目的だったのだが、私の興味はもうひとつあった。鰆の食べ方だ。
 
 わが家でも鰆はよく食べる。切り身で売られているのを買ってきて味噌漬けにして焼くと、柔らかい白身に味噌が香ばしく沁みてとても美味しい。一般的には甘い西京味噌に漬け込んだ「西京漬け」が有名なのではないだろうか。
 
 ところが岡山では鰆を刺身で食べるという。
 調べてみると、岡山県は鰆の消費量日本一なのだそうだ。産地なのだから新鮮な魚が手に入るというのもあるが、なんと岡山の市場には日本各地でとれる鰆が集まってくるのだという。
 それほどまでに鰆を食べる岡山県民。いったい岡山の人にとって、鰆ってどんな魚なんだろう?
 

 港に着きさっそく漁師さんたちにお話を伺うと
「5月に入ったら鰆、鰆、鰆」
「鰆とれたからいっぱいやろかってな」
「青年団の集まりや同窓会でも鰆料理」
「人が集まりゃ鰆切らんかってなるなぁ」
 と次々と飛び出す。
 鰆のとれる5月にはちょうど節句がある。子どもの日のご馳走は日生では「さわら寿し」。仲間が集まれば、もとは漁師料理だったという「炒り焼き」を囲む。ハレの日やめでたい席には必ず鰆が食卓にある。日生の人々にとって鰆とはそういう魚らしい。
 

 港での取材を終えた後、地元のスーパーにも立ち寄ってみた。目ざすは鮮魚売場。見慣れた切り身も確かにあったが、刺身売場のそれも特等席に「鰆の刺身」が鎮座している。お惣菜コーナーには「さわら寿し」が山積みになっている。
 
 ところが日生港からわずか10キロほど離れたところにあるスーパーには、鰆の刺身は影もカタチもない。もう1軒、全国展開する大手スーパーにも行ってみたがこちらにも全くない。不思議に思って地図を見てみたら、どちらのスーパーも住所は兵庫県赤穂市だった。
 岡山県の東の端に位置する日生と、兵庫県西端の赤穂市。わずか10キロの間に県境をまたいでしまったようだ。そして「鰆の刺身」境界線も。
 本当に岡山(南部)だけの食べ方だったんだなぁ。局地的な鰆への愛情にふれることができて、驚くとともになんだか嬉しくなった。
 

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 取材でいただいた「鰆のたたき」はほんとうに美味しかった。かつおのたたきよりもあっさりしていて皮が香ばしくて。名古屋でも食べられたらいいのに、と思ってはたと気づく。
 そうだ。これは日生に来て食べるからこそ旨いのだ。瀬戸内のおだやかな初夏の日差しの下、潮風に吹かれながら港町を歩き、日生の人々の温かい人情にふれながらいただく料理だからこそ。旅の楽しみはまさにそこにある。

 どうぞ岡山に行ったら美味しい鰆の刺身を探してみてください。
 

 
 この日取材させていただいた鰆漁の様子は、5月28日(金)のTBS系列「えなりかずき!そらナビ」で放送される予定です。なんとロケでは今年いちばんの豊漁だったとか。どうぞお楽しみに!
 最後になりましたが、日生漁協の天倉さんや漁師の松原さんはじめお世話になった日生の皆様、ほんとうにありがとうございました。名古屋に来たらぜひ「味噌煮込みうどん」食べて行ってくださいね。

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by aya_harumi | 2010-05-25 12:44 | 日記
 朝、犬の散歩をして川沿いの道を歩いていたら、風に吹かれて綿のようなものがふわふわと漂っていた。誰か羽毛布団でも解体した?っていうぐらいの量。
 川べりに降りてみるとさらにすごい量の綿毛が、川の中から舞い上がっているように見える。

 何これ!? 好奇心にかられて発生源を探すと、どうやら水辺に生えている木のあたりらしい。ところどころいちめん綿の穂だらけになっている木があって、風が吹くたびにぶわーーっと綿毛が舞い上がっているのだ。うわぁ、真下に立つとまるで綿毛のシャワーのよう!

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 降りしきる綿毛に、あたり一面真っ白。遊歩道の脇には吹きだまりのように綿の帯ができていた。

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 いったい何の木だろう? 家に帰って調べてみたら、正体はヤナギの木らしい。そういえば、川べりの土手にヤナギが植わっていたような気がする。
 ヤナギと言えばしだれ柳。怪談話につきものなのもあってどこか物哀しいイメージだが、こんな時期があるなんて。五月晴れの青空に向けて盛大に綿毛を飛ばす様子は堂々として、命の輝きにあふれていた。


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 綿の中には、よく見ないとわからないほどの小さな小さな種がある。仰ぐほどの大木からは想像もできないほどの華奢な種。風にのって遠くまで種子を飛ばすために、余分な栄養は持たずにできるだけ身軽にしているのだという。うまく風にのれば1キロ先ぐらいまでは飛んでいくのだとか。確かに、散歩から帰る道すがら気をつけて見ていると、ふわふわと空中を漂っているものがあった。1キロどころか、町内全部に届いていそうなイキオイだ。

 ヤナギの種は数日間しか寿命がなく舞い降りたらすぐに発芽するそうだ。こんなにたくさん降り注いだらあちこちヤナギだらけになるんじゃないだろうか。
 ところが実際にはそうはならない。おそらく小さな種が発芽できる環境はごく限られているのだろう。適したところにうまく着地できたものだけが発芽できる。発芽できたとしても、大きな木に育つまでにはさまざまな試練があるのに違いない。だからこそ、子孫を残すために種子を遠くまで飛ばすようになったのだろう。
 
 そういえば昨日まで雨だった。土の地面はまだぬかるんでいるところもある。今日はうって変わって穏やかな晴天。微風。気温高め。ヤナギは湿潤なところを好むというから、今日盛大に種子を飛ばしているのは生存の確率を少しでも高めるためなのかもしれない。

 命のもつたくましさ。自然に組み込まれた精巧なプログラムにただただ畏れ入る。


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 散歩を終えて。体にほわほわとした綿毛がいっぱいついていた。うちの庭にヤナギが生えたら、こいつのせいだ。



 儚いヤナギの綿毛が風にのって運ばれていくのは応援したい気分になるが、空中を漂って広まってもらっては困るものもある。その最たるものがウィルスだろう。インフルエンザとか最近で言えば口蹄疫とか。宮崎の人々の苦難に思いを馳せつつ、一刻も早く終息することを願わずにはいられない。
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by aya_harumi | 2010-05-21 14:07 | 日記
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 わが家の中学生のムスメたちがそろって期末試験中だ。
 特に中3の長女はもう後がないと、内申点アップを狙って猛勉強している。つられてのんびり屋の次女までが目の色変えて机に向かっていたりする。家の中もなんだかピリピリしていて、仕事がなくてものんびり寛げない雰囲気だ。
 
 頑張れ、頑張れ。このご時世、別に偏差値の高い学校に行けば将来が保証されるなんて誰も思わない。けれど進みたい学校があって、そこに向かって頑張ると決めたのならばやれるところまでとことん頑張ればいいと思う。自分のために。成功しても失敗しても、その体験はきっとキミたちの糧になるはずだから。
 
 
 いまだに試験の夢を見る。
 「どうしよう、明日試験なのに何も勉強してない!」と焦る夢。冷や汗をかきながら目を覚まし、学生時代からは遠く離れた自分を認識してやっと「あぁよかった。もう試験を受けなくていいんだ」とほっとする。原稿の締め切りに追われている時によく見るから、心理状態があの頃と似通っているのかもしれない。あれ、だけど学生時代は一応真面目に勉強してたから、ノー勉で試験受けたことなんてなかったはずだけどな。
 
 中学までは学年トップを維持していた私でも、やっぱり受験勉強は心のどこかで辛かったのだと思う。やってもやっても終わりが見えないような気がして、常に気持ちが焦っていたようにも思う。だから卒業して20年以上たった今でもこんな夢を見るのだろうな。
 
 でもね、そんな思いをしてでも初志貫徹して合格した高校で、私は二度とは得られない貴重な宝物をもらったと思っている。
 それは十代の最も多感な時期の、キラキラと輝く時間という宝物だ。いい仲間と出会い、毎日が刺激的で、それはそれは濃密だった3年間。あまり過去を振り返らない主義の私でも、あの時代にだけはもう一度戻れるものならば戻りたいと思う。そのくらい楽しい高校生活だった。
 
 
 夏休みの終わり、ムスメの体験入学にかこつけて20数年ぶりに母校を訪れた。
 私たちの時代にはなかった学科が新設されていたり、武道場が新しくなったりしていたが、他は呆れるほどに変わっていなかった。行事はすべて(体験入学も)生徒が自主的に運営するところも、部活動が盛んなところも、3年生が秋の文化祭に向けて夢中なところも、遅刻者が毎朝異常に多いところも。そして何よりも生徒一人一人が生き生きとしているところが。
 訪れた中学生たちに向かって先輩が口々に言う。
 「この学校はほんとに楽しくて大好きです」
 うんうん、私も大好きだったよ。こんな風に自分の学校を誇れるなんて、とても幸せなことだと思う。
 
 
 受験勉強には是非もあるだろう。今の入試制度が必ずしもいいとも思わない。少子化の時代、選ばなければ全員が高校に進学することができるとも言われている。
 でも「どこでもいいや、入れれば」と進んだ学校で果たして愛着や誇りが持てるだろうか。かけがえのない3年間を悔いなく送ることができるだろうか。
 
 高校時代は2度とはない。これだけは真実だ。今頑張っている受験生のみんなに、悔いのない時間を過ごしてほしいと心から願う。
 春まであと少し。サクラが咲くことを祈っているよ。
 
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by aya_harumi | 2009-11-26 00:04 | 日記
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 今月から全国ネットの番組を担当することになった。
 リサーチして、取材して、撮影して・・という仕事の中身はいつもと変わらないが、違うのは取材先。東海ローカルの番組なら取材先も視聴可能エリア(愛知・岐阜・三重)だが、全国ネットということは当然全国が対象になる。北は北海道から南は沖縄まで。場所によっては泊まりの取材も増えそうだし、車で行くのがほとんどだったのに比べ、今度は新幹線や飛行機での移動も多くなるのだろうな。
 
 と考えていたら出張用のカバンが欲しくなった。
 車ならふだん使っている仕事用カバンとは別に、着替えを詰めたボストンバッグを積んでいくこともできるが、電車を乗り継いでの移動なら荷物は一つにまとめたい。取材先でメモを取りながらロケハンしてまわることを考えたら、両手があくショルダーになるものがいいな。もしかしたらノートパソコンを持っていくこともあり得るから、PC対応にもしておきたい。着替えと資料やノートを入れるところは別になってる方がいいし、名刺や携帯やペンをさっと取り出せるポケットも充実していて欲しい。
 
 あれこれと欲張りながらネットで探してみると、そんな条件を満たす出張用カバンがたくさん見つかる。が、どれも男性用なのだ。ごついし、重いし、女性が持って似合うとはとうてい思えない。実用一点張りなのもなんだか持ってて楽しくなさそうだ。いかにも仕事で出張に来てます、みたいな感じ。
 以前もこのブログに書いたが、新幹線や飛行機での移動が苦手な私にとって、仕事とは言えできることなら楽しく出かけたい。行ったことのない土地に行き、その町のいろんなところを見てまわりたい。そんな旅のお供になるようなカバンはないものか。
 
 あった。KIPLING(キプリング)というベルギーのブランド。名前の由来は世界中の子供たちに読み継がれる『ジャングルブック』の原作者J.Rキプリング氏からだそうで、全商品にブギー・モンキーのマスコットがついている。アウトドアブランドとしての機能性はもちろんだが、最近では「ワーキングライフ」というビジネス向けのモデルもたくさん出ている。
 
 一目見て「これだ!」と直感。半日お休みを取り、アウトレット店に出かけて巡り会ったのが写真のカバンだ。必要な条件をすべて満たし、なおかつ遊び心も満載で持ってるだけでワクワクする。とても満足な買い物だった。


 さっそくそのカバンを持って初出張に行ってきました。
 今回は東海道新幹線と東北新幹線、JR東北線を乗り継いで栃木県の下野(しもつけ)市というところへ。苦手な新幹線はポケットにしのばせていった文庫本を読みながらやり過ごし、帰りは取材先でいただいたおみやげまで楽々収納し、切符をどこに入れたっけと探すこともなく、カバンのおかげで往復6時間以上の旅路も苦ではありませんでした。
 よし、出張どんと来い。日本中どこにでも出かけてガンガン仕事してやる。カバンひとつでこんなにやる気になるのなら、お安いものだ。
 
 
 こんな風にさんざん吟味して選ぶこともあれば、目と目が合った瞬間に衝動的に買い物してしまうこともある。いずれにしてもせっかく買ったからには長く大切に使いたい。モノの命を全うさせてやると言えば聞こえがいいけれど、まぁ要するにモトを取りたいと思うのだ。そうして長く使っているうちに、大してこだわって買ったわけでもないのに妙に愛着がわいてくることだってある。
 

 先日。台所用品が増えてしまったので、掃除のついでに少し整理することにした。
 わが家ではザルやボウルや鍋など頻繁に使うものは、すぐに手に取れるように引出しの中にはしまわない。けれどオープンキッチンなので、見た目がごちゃごちゃしないよう選ぶ時は白かステンレスの銀色に揃えてきた。
 その中でひとつだけ浮いていたのが、プラスチックのピンク色のボウル。結婚する前、私が一人暮らしをしていた時に当時の職場の先輩からもらったものだ。それもプレゼントとか言う訳じゃなく、「実家で余っていたからよかったら使って」といただいた生活用品のうちの一つ。どこのスーパーやホームセンターにもあるような、ありふれたボウルだ。

 引っ越すたびに持ってきて、かれこれ20年近く使っていたことになる。よく見れば細かい傷が無数について満身創痍。いくらなんでももういいよね。100円ショップでも買えそうなものだったから、十分どころか百万分くらいモトはとったぞ。似たような大きさのボウルは他にもあるし、長い間ご苦労様と感謝しながら不燃ゴミに出した。
 
 しばらくして、ムスメたちが尋ねてきた。
「ねぇ、あのピンクのボウル知らない?」
「あぁあれなら処分したよ」
「ええーーっ!なんで!?」
「いや、だってもうずいぶん使ってたし」
「困るよ。あのボウルないと朝のオムレツつくれないじゃん」
「他にも使えるのがあるじゃない」
「ダメなの! オムレツにはあのボウルじゃないと」

 そんなに愛着があったのかとあらためて驚く私。きっとボウルも本望に違いない。
 実はもう一つ、結婚当初に買って17年ほど使っているボウルもあるのだが「サラダ和えるのにこれじゃないとダメ」と言われそうで捨てるのを躊躇している。なんなんだ、この物持ちの良さは。



 この日の取材は栃木県へカンピョウの生産農家を訪ねました。栃木の皆さんの温かいご協力もあり撮影が無事終了し、ただいま編集中。7月24日(金)のTBS系列「えなりかずき!そらナビ」で放送される予定です。お寿司などに入っているカンピョウって何からできてるか知ってますか? 全国生産量の98%をつくっているという栃木でその秘密を探ってきました。どうぞお楽しみに!
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by aya_harumi | 2009-07-19 10:42 | 日記
 ふだん車でばかり移動しているので、たまに電車に乗ると妙にワクワクする。それが「ローカル線」となったら尚更だ。

 梅雨の晴れ間、ほとんど遠足気分で乗ってきた三岐鉄道・三岐線。全長26.5km。始発駅から終着駅までおよそ50分、往復しても2時間ほどのプチ旅行だった。
 いや、楽しかったのなんのって。
 車窓からの眺めも楽しめたし、のんびりした車内の空気はローカル線ならではだし、駅員さんもみな親切だったし。私は「鉄ちゃん」じゃないけれど、夢中になるキモチは少しだけわかったような気がする。


 今日はロケハンで、本番の撮影はこれからなので詳しいことはあまり書けませんが。車中や駅のホームから撮った写真を載せておきます。旅情のおすそわけに。

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車窓にはこんなのどかな田園風景が続きます。


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黄色の車体がかわいらしい。


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終着駅のホームには蒸気機関車がいました。ただし展示車輌だそうです。


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途中、こんなところも通っていきます。全国でも珍しいんだそうです。


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改札は自動改札機でしたが、1日フリー券を買ったらわざわざ鋏を入れてくれました。
懐かしい! 鋏を入れる駅員さんもちょっぴり嬉しそうだったような。




 平日の午後2〜4時という時間帯だったせいもあり、車内はパラパラとお客さんがいる程度。だったのが・・・

 帰りの電車で途中の駅のホームが超満員。乗り込んで来たのは制服姿の高校生たち! 近くに高校があるらしく、しかも一斉下校だったのか車内は一気にスクールバス状態。汗臭い男子たちとミニスカートに生足の女子たちでてんこ盛り。
 隣に座っていたうちのディレクターにとってはラッキーか!? いや、だめだ、ほら取材用にってビデオカメラ持ってるし。一歩間違えば犯罪者。そうでなくても超怪しいおやぢ。疑われないようにと身動きもできずに乗っておりました。楽し過ぎ。


 この日取材させていただいた「ローカル線の旅」は、7月12日(日)の東海テレビ「スタイルプラス」で放送される予定です。地域住民から生活の足として親しまれる三岐鉄道。その路線をあずかるベテラン運転士さんに密着します。どうぞお楽しみに!
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by aya_harumi | 2009-06-23 22:48 | 日記
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 やっと来年の手帳を買った。
 最近、打合せや会議に出席するたびに年をまたいで来年のスケジュールの話が出る。年末年始、私たちはあまり休めそうもないが、世の中はお休み。取材もロケも相手がお休みではできないので制作スケジュールはどうしても年末年始を避ける形になる。イレギュラーな進行になるのは例年のことなので、どこへ行っても早め早めにスケジュールの確認をすることになるのだ。
 
 あぁ早く手帳を買わなくちゃ。そう思いつつ、なかなか時間がとれなくて先延ばしにしていたのを、先週やっと仕事の合間に東急ハンズに駆け込むことができた。
 
 文具売場の手帳コーナーには、この時期ものすごくたくさんの手帳が並ぶ。今年の手帳も気に入っていたけれど、同じでは気分が変わらないし。かといって、あまりにもタイプが違うものも使いづらそうだし。あれこれと手に取って悩む時間がとても楽しい。
 
 思えば手帳の好みも、私の中でずいぶんと変遷を重ねてきた。
 仕事用の本格的な手帳を手にした最初の記憶は、まだ大学生だった頃。すでに今の業界でバイトしており、街から街へとネタを拾いながら年間300件くらい取材をしていた。そのアポイントや取材のメモまで何でもかんでも手帳に書き込めるのが嬉しくて、当時流行った分厚いFILOFAXのシステム手帳(本革製で1万円くらいした)を得意げに持ち歩いていた。毎年中のリフィルだけ買い替えて、就職してからも長く使っていた気がする。
 
 でも重いのだ、FILOFAXって。鞄の中でかさばるし。
 で、次にハマったのがQuo Vadis。フランス生まれの手帳というのもお洒落だったし、1週間見開きで時間軸があるダイアリーのフォーマットは、次から次へと放送局を渡り歩いていくつも打合せをこなすのにうってつけだった。これも毎年同じものを買い続けてずいぶん長い間使っていたなぁ。
 
 でも年とともに体力がなくなってきた。分刻みのスケジュールはもうこなせない。打合せや取材はできれば一日に1つか2つにしよう。
 そう思うようになった頃から時間軸のある手帳はいらなくなった。ついでに物忘れも激しくなったからか、思いついたことをすぐにメモっておける広いフリースペースがあるものが便利になった。荷物を重くしたくないので、軽さとコンパクトさも必須だ。

 というわけで、ここ数年はA5版のノートタイプの手帳に落ち着いている。来年の手帳も迷った末に同じタイプのものにした。
 写真上のが新しく買った手帳ね。なんでわざわざこんなこと書いてるかというと、今年の手帳が懇意にしているプロデューサー氏とまったく同じだったのだ。偶然にも。信じられないけれど、携帯まで同じ。打合せの席で手帳と携帯を取り出すたびに、怪しい関係と思われないかとヒヤヒヤしたものだ。
 
 O君、来年は私ベージュでいくから。今度こそお互いかぶらないようにしようね。

 新しい手帳はなんだか嬉しい。よーしまた一年がんばるぞという気分にさせてくれる。さっそく袋から取り出してすぐに使えるようにデスクの上に置いておいたら、しばらくしてうちのディレクターが私のところにやってきた。
 「あのさ、いいこと教えてやるよ」
 「なに?」
 「オマエの手帳さ、オレとおそろ。色違いってやつ?」
 うそーーー! なんでだよ。

 関係者のみなさん、私たち好き好んでお揃いにしてるワケじゃありません。偶然なんです、偶然。あーあ、またこうして一年間言い訳しなくちゃならないのか。
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by aya_harumi | 2008-11-30 20:40 | 日記
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 先週気の張るプレゼンを1つ終え、ひと息ついてます。とりあえずこの週末はたまっていた事務やら散らかり放題の机の整理、頭の中で転がしていた企画を忘れないうちにメモにして、ついでに来週書くものの下調べも・・・
 なーんてやっていると、いつまでも仕事モードから切り替わらない。これではダメだっ。

 よし、こんな時はおやつをつくろう♪

 で、つくったのが「かぼちゃプリン」。2日遅れのハロウィンだね。
 かぼちゃをレンジで柔らかくしてつぶして、そこに卵とお砂糖と牛乳を入れて裏ごしに。それを蒸し器で蒸して、と・・

 つくっている途中でムスメがやってきて
「あ、この前よりプリンっぽいじゃん」
 そう。実はこれ、リベンジなのだ。

 以前やっぱり突然その気になってつくったかぼちゃプリン。でもあまりに適当につくりすぎて、できたものはムスメいわく
「これ、プリンって言われるとうーんだけど、かぼちゃのムースって言われれば納得」
な出来映えだったのだ。
 たぶんかぼちゃの分量をちゃんと計らなかったのと、ゼラチンがなかったので似たようなもんかと寒天でつくったのがいけなかったんでしょうね。(この時は加熱しない、冷やし固めるタイプのプリンだった)ムースと言うよりかぼちゃのペーストを冷たくしたみたいな感じで、正直微妙だった。まぁそれなりに美味しいと食べてはもらえたけど。

 今回も突然思いついたので、ゼラチンも生クリームもなし。ならばとふだん家にある材料だけでできるレシピに変更! 今度はプリンらしくなったような。うーん、でもやっぱり食べてみるまでわからないかなぁ。


 
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 プリンを入れたうつわは、実は「湯のみ」。ちょうど蒸し器に並べられる大きさで手頃だったので。

 うつわを買うときは、用途が限られずいろんなものに使えるものを自然に選んでいるような気がする。わが家では、抹茶茶碗が納豆のうつわになったり(だって納豆2パックぐらいがちょうど入るのよ)、小さめの丼がスープカップになったりなんてのはしょっちゅうだ。
 貧乏性? いえいえ、なにを入れようかなぁってうつわ見ながら考えるのが好きなだけ。

 さぁ、頭切り替えて、明日からまた仕事がんばろっと。と思っていたら

ムスメ「じゃああしたは私が何かつくろっかなー」
私  「え、明日って学校あるんじゃないの?」
ムスメ「何言ってんの。文化の日。世間は休みだよ」

 し、知らなかった。3連休なんだ。いいなぁ。
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by aya_harumi | 2008-11-02 18:11 | 日記