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 お世話になっている愛知県児童総合センターからの依頼を受けて、研修会の講師をつとめさせていただきました。
 県内市町村の児童館職員を対象にした研修事業の一つで、テーマは「広報」。これまで番組やビデオ制作を通じ、多くの広報・PRのお手伝いをさせていただいた経験がお役に立つなら、と二つ返事で引き受けたのはよかったのですが。

「遊びや子育てをテーマにした研修と違って、広報研修はあんまり人が集まらないかもしれないです」
 と聞いていたので、せいぜい30人くらいかなぁと高を括っておりました。蓋を開けてみれば定員を大きく上回る70人!えー、嘘でしょ。話違うでしょ。大丈夫なのか、私。
 もともと人前で話すのは苦じゃない、むしろ好きと、プレゼンも数多く経験してきましたが、さすがに70人の聴衆を前に話すのは初めて。久しぶりに心地よい緊張感をもって臨んだ研修会でした。
 当日は午前、午後あわせて5時間の長丁場。参加者を飽きさせないように、さまざまなアトラクション(!)も取り入れながら、盛りだくさんの内容だったと思います。

「あー、楽しかった!」
 終わった瞬間、そう言いながら立ち上がった参加者の言葉に、心底ほっとしました。帰る時もみなさん笑顔、笑顔、笑顔。よかった〜。
 回収したアンケートにも、嬉しい言葉がたくさん並んでいて。ありがとうございます。あまりに嬉しかったので、以下引用させていただきながら振り返りを。


 大学の偉いセンセイでも、大企業の広報担当でもない私がやる研修会だから、小難しい理論を話しても説得力がない。その代わり、徹底的にユーザー目線で、児童館のみなさんがふだん当たり前と思っている常識を揺さぶるような展開にしてみました。
 毎月発行している「児童館だより」については、厳しいことも言いつつ、せっかくなんだからプロの技に学ぼう、と簡単でわかりやすい事柄に絞っていくつか紹介させていただきました。

「今までもっていた広報のイメージが大きく変わりました」
「講師の言葉に衝撃を受けました。今までやっていたことと真逆だった」
「具体的で、目からウロコで、来月号からすぐに活かせる内容でした」


 そしてライター・構成作家として長年仕事をしてきた私としては、文章の力、心を揺さぶる文章は人を動かすことができるよ、と伝えたかった。案の定「文章は苦手」という参加者が大勢占める中で、どうしたら苦手でも書けるのか、私なりのノウハウを盛り込んでみました。

「書くことが楽しくなりました」
「読み手の立場に立って書くと、がらっと変わることが実感できました」
「4月からは自分の言葉で文章を書きたいと思います」

 うんうん。書くことは楽しいよ。自分の言葉が読み手に伝わるともっと楽しいよ。

 
 午後のグループワークでは、今まで見たこともないような「児童館だより」を制作しよう!と少々大胆な提案をしてみました。どんなものができあがるか、いやそもそも完成するのか、不安もありましたが結果は‥‥

「頭フル回転!完成した時は疲労感とともになんともいえない達成感!」
「いつも一人で思い悩んでいましたが、皆でつくるのは楽しいと再認識しました」
「あーもう一度チャンスを‥‥という気分なので、館でやってみたいです」

 そうそう。敢えて厳しめの制限時間を設けたので、もっと作り込みたかった!せっかく教わった技を生かしきれなかった!という班も多かったはず。
 でもね。それでいいんです。あの場で求めたのはクオリティではなく、みんなで協力してつくる「楽しさ」「充実感」だったのです。

 どの児童館も、子どもたちのためにがんばって楽しい遊びや空間を提供しています。なのにそのことを伝える広報や児童館だよりはなかなかうまくいかない。苦労してつくっても読んでもらえない。だからますますおたよりを作るのが辛く苦しい作業になる──そんな“児童館広報あるある”をぶち壊したかった。

 あのね、自分たちが楽しんでつくらないと、楽しさは伝わらないよ。
 番組づくりでも辛くて苦しいことはたくさんあるけれど、やっぱり制作者である私たちが心の底から楽しい!面白い!と思ってつくらないと見ている人に楽しんでもらうことなんてできないとずっと思ってきました。
 そのことが伝わるといいなぁと思っていろいろ仕込んだ研修プログラムだったので、参加者の皆さんが楽しそうに(切羽詰まりながら)制作をすすめている光景はほんとうに嬉しいものでした。

「自分たちが見て楽しいものを、楽しく作りたいと思いました」
「次年度の児童館だよりをどう作ろうかと、今からワクワクします」
「広報誌、今までより楽しく作成できそうです」


 児童館というのは楽しいところ。子ども時代、入り浸って遊んでいた私にとって、児童館は学校ほど窮屈でなく、自由でのびのびできて、仲間も大好きな大人もいる、特別な場所でした。
 時代は変わって、児童館のもつ「楽しさ・自由さ」は変わらないどころか、ますます必要とされていると思います。そしてその楽しさは、児童館の職員の皆さんが心から楽しく仕事をしていないと子どもたちに伝わらない。
 だからこそ、広報の仕事を苦行ではなく、楽しんでもらえるといいな。そして、今児童館を必要としている子どもたちがたくさん笑顔になれるといいな。かつての私がそうだったように、楽しい思い出をたくさんつくって大人になってくれるといいな。そう願って実施した研修会でした。
 伝わったかな。その思い。

 
 最後になりましたが、当日研修会に参加してくださった皆さん、そして講師のわがままを数多く聞いてくださった児童総合センターのスタッフの皆さん、ありがとうございました。皆さんとつくった「あいちのじどうかんだより」は私の宝物です。大切にします。

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 今回実施した広報研修は、児童館以外でも展開可能です。
 市役所、保育園・幼稚園、公民館、PTAやNPO団体など、伝えたい思いはあるのになかなか伝わらないとお悩みの方はメールでご相談ください。
 読んでもらえる広報誌のつくり方や文章講座、効果的なプレスリリースの仕方など、講演・セミナー・勉強会でお役に立てることがありましたらお声掛けいただければ幸いです。

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# by aya_harumi | 2016-01-31 19:24 | 日記
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 あるとき部屋の整理をしていたら昔撮ったビデオが出てきた。娘たちが幼かった頃のビデオ。もうすっかり忘れてしまっていたなぁと久しぶりに再生してみたら、家の中で、近所の公園で、保育園で、よちよち歩いたり笑ったり泣いたりしている娘たちが次々と映し出された。うわぁ、可愛い!こんなときもあったんだ。懐かしくてほろ苦くて、気づいたら何度も何度も見ていた。
 そしてふと考えた。もうすっかり大きくなってしまった娘たち。彼女らとこの家で一緒に暮らせるのはあと何年だろう。ともに語り、笑い、ときに喧嘩しながらも日々を過ごせる今このときが、かけがえのないほど大切なものかもしれないと。
 そう思うようになってから、ノートに日記のようなものを綴っている。娘たちとの出来事……休みの日にランチを食べに行った、一緒に料理をつくった、こんな話をしてくれた……何気ない日常でページがどんどん埋まっていっている。
 娘たちが旅行に出かけたときは、旅先で撮った写真をメールで送ってもらいコラージュに。旅の途中で見たものや美味しかったものの話も添えながら、まるで自分が行ったかのような壮大な旅日記になる。娘たちの嬉しそうな顔がたくさん溢れていて、読み返すだけで楽しいページだ。
 娘たちには少々面倒臭い母親だと思われているに違いない。でも分厚くなったノートをめくりながら思う。いつかきっと、娘たちが巣立っていった後に、このノートに綴った日々は宝物になるに違いないと。こんな時もあったね、あんなこともあったね、楽しかったねと、懐かしくほろ苦く語り合う日がやがてくるのだろう。
 そのときを楽しみにまた何気ない日々を綴っていこう。一日一日、「今」このときを大切に抱きしめながら。




 久しぶりに作文を書いた。
 
 きっかけは夕食のときの長女との会話だった。
 現在大学3年生、絶賛就活準備中の長女、この秋から冬にかけて志望業種のセミナーやらインターンシップに精力的に参加している。人気業種は参加するにも選考があって、本番さながらのES(エントリーシート)が求められたり、課題として作文が必須だったり。私たちの時代の就活とは大違い、今の学生はほんとうに大変。
 
 で、もうすぐ締め切りのとある会社の作文、お題は『私が大切にしていること』。書く内容が浮かばずに四苦八苦してるのだとか。
 「これ、“もの”じゃなくて“こと”なんだよねぇ。」
 「そう。大切な“もの”なら簡単なのに“こと”って言われると意外と難しくて」
 「“家族”とか“友達”とか“時間”とか、みんな書いてきそうじゃない?」
 「あるある。できればみんなと違うこと書きたい」
 「いっそ“お金”とか“出世”とか一見ネガティブなもので書き出すっていうのは?」
 とか何とか、とりとめもなく話していた。こういう会話の中からアイディアが突然ひらめくこともあるからね。いいよ、つき合いますよ。というくらいの軽いキモチ。
 
 すると、突然ひらめいてしまった。私が。
 猛烈に書きたくなって、長女にパソコン借りて一気に書き上げたのが冒頭の作文。
 原稿用紙に文字を埋めていく作業は無性に懐かしくて楽しくて、あぁやっぱり作文好きだなぁとあらためて思う。規定の800字、原稿用紙2枚を書いて長女に見せたら
 「なんでお母さんが書いてんの。しかもこれパクろうにもパクれない内容じゃん」
と呆れられた。はい、すみません。

 私の作文が功を奏したかどうかはギモンだが、その後無事に長女も書き上げたようで、朝起きたら机の上にプリントされた作文が置いてあった。
 はいはい、添削しろということね。
 読んでみたらなかなかうまく書けている。全体の構成は完璧。バランスもいい。少しだけ言葉を言い換えたり、なくても伝わるところを削ったりした後で、余白に「うまくなったね、作文」とコメントしておいた。
 
 文章を書くのは筋トレと似ている。ふだんから地道に書き続けていると、脳みその筋肉が鍛えられてどんどん上達してくる。言いたいことを表現するための語彙も増えていく。なにより頭の中でもやもやしていたことがすっきりとカタチになる。考えたことが血肉となり、また次の思考の海へと漕ぎ出すことができる。
 
 以前このブログにも綴ったが、毎日のように締め切りに追われていた時期が私にもある。お陰でずいぶん書く筋肉は鍛えられたように思う。逃げ出したくなるほど辛かったこともあるが、久しぶりに書いてみたら楽しさが甦ってきた。
 まだ私の筋肉、衰えていないかな。たまには筋トレしましょうか。楽しみながら。


 *作文中の「日記のようなノート」は instagram (@haru_note)で公開しています。よろしければこちらもどうぞ♪
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# by aya_harumi | 2015-12-12 12:41 | 日記
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 犬の散歩の途中、公園の花壇でヒマワリが満開だった。あぁ、これぞ夏の景色だなぁ。さすが“向日葵”と言うだけあってみんな一斉に太陽の方を向いて咲き誇っている。
 が、その中で一つだけまったく違う方角を向いているのがあった。

 あぁ、どこの世界にもいるよね。こういう天の邪鬼(あまのじゃく)な奴。

 私自身、どちらかと言えば天の邪鬼な性質だ。
 ブームを見つけるのは大好きだが、あまりにもブームになり過ぎると熱が冷めてしまう(『アナと雪の女王』は、だから観ていない)。「右向け右」と言われると左を向きたくなる。みんなが「そうそう」と頷いていると「ホントに?」と疑ってかかる。あぁ、めんどくさい性格。

 いや、でもこの向日葵が無性に気になったのは、私に似ているからじゃない。この夏、たった一人で奮闘している次女にダブって見えたからだ。


 高校3年生の次女が卒業後の進路を就職に決め、就活のまっただ中にいる。進学校なのでまわりはみんな受験勉強。なんと就職するのは学年でたった一人だという。
 自分の進路は自分のもの。好きな道を進めばいいという主義の私でも、さすがに気になって何度も確かめた。
「ねぇ、ほんとうにいいの?進学しなくて」
「うん。不安じゃないと言えば嘘だけど、就職するって決めたことは全然後悔してないよ」
 いやにさっぱり、きっぱり。一人なのは、孤独ではあるが平気なのだそうだ。思えば、高校進学の時にも自宅から遠いこの高校にどうしても行きたいと言って、地元の中学からたった一人で受験したんだもんね。

 ずいぶん根掘り葉掘り聞いたが、要するに次女の言い分はこうだ。

 大学や専門学校は、一つの分野をとことん勉強して究めるところ。高校の勉強は嫌いではないが、自分にはそこまで深く探求したいと思える分野があるわけではない。まわりがみんな進学するからって、目的もないのにただなんとなく大学に行くのは違うと思う。
 それよりも今いちばんしたいのは仕事をすること。働いて人の役に立って認められて給料をもらって自分も成長する。その方がよほど充実している。
 どうせいつかは就職するのなら、4年間ダラダラ過ごして就活で苦労するより、部活や勉強でうんとがんばったと胸張って言える今の方が有利でしょ。

 ───た、確かに。正論すぎて何も言えやしない。

 学年でたった一人。
 いくら正論とは言え、みんなと同じ方を向かないというのは勇気がいることに違いない。その勇気はどこからくる?
 考えていて思い当たったことがある。そういえばこの子は小さい頃からまわりとはちょっと違う、ユニークな発想をする子だったのだと。


 目をキラキラさせて帰ってきたかと思えば、
「あのねー、今日ね、ずーっとお空を見ながら歩いてきたの。いろぉんな雲があったよ!」
 そ、そう。よくぞ無事に帰ってこれたね。

 保育園で真っ黒に塗りつぶした絵を描いてきた時。うわー、これはヤバいでしょ。なにか心に不満や不安をためているのかも。色彩心理学を思い出しながらおそるおそる尋ねてみると
「これはねー、夜なの。真っ暗でコワイけど夜ってオモシロイね!」
 そうか、夜ね。お花やおうちやお母さんより、キミは夜を描きたかったんだ。

 小学校の作品発表会。「海の生き物」のクラス展示で「たこ」や「クジラ」が並ぶ中、次女の作品に付けられた名札はなぜか「スイートン」‥‥
「だって先生が『名前をつけましょう』って言うから、名前を考えたら『スイートン』が浮かんできたんだもん」
 
 小学6年生ではすでに将来の職業について、こんな達観したことも言ってたなぁ(そして今もブレていない)


 これまでの17年をあれこれ思い出す私の横で、面接の自己PRにうんうん唸る次女。初対面の相手にどんな言葉で自分のことを伝えたらいいのか、表現することの難しさに直面していた。学校の先生やハローワークの担当者に山ほどダメ出しされ(何しろマンツーマンだからね)なんども書き直した挙げ句、ある時ふと霧が晴れたように言い放った。
「こんなに真剣に自分のことを見つめ直す機会はこれまでなかった。自分には足りないところもあるけれど、いいところもたくさんあることがわかって少し自信がついた」
 うん、そうだね。キミには他の子にはない魅力がたくさんあるよ。
 その魅力が、まっすぐな想いが、面接でも伝わるといいね。


 学校の勉強と違って、努力すれば必ず実るとは限らないのが就活だ。
 うまく就職できたとしても、この先いくらでも壁にぶち当たったり悩んだりするだろう。
 でもね、そんな時にまわりに流されず、自分はどうしたいのか、自分は何が大切なのか、「自分」という芯が一本ちゃんと通っていれば選ぶ道をそんなに誤ることはないんじゃないかな。

 自分の道を照らすのは自分自身なんだよ。そのことだけは忘れないで。
 そして自信をもって一歩を踏み出しておいで。
 どうか次女の進む道に、向日葵のような大輪の花が咲きますように。どっちを向いていてもいいから、さ。
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 Facebook、はじめました。

 作家とSNSって相性悪いんじゃないか?
 だって「バスケやってる暇あったら原稿書け」って言われちゃいそうだし。違うんです。PCの前ばかりにいても煮詰まっちゃうから、気分転換なんです。帰ったらちゃんと原稿書きます。とか言い訳しないといけなさそうで。

 思えば、携帯電話が普及し始めたときも、できれば番号教えたくなくて逃げ回ってたなぁ。すいません、電波が届かない場所にいたものですから、って何度使ったことだろう(当時の関係者の皆様、ごめんなさい)。今ではどこでも繋がるようになっちゃったから、そんな言い訳も通用しませんが。

 Twitterも何度も始めようとしたけれど、結局一度もつぶやかず。

 それでもFacebookをはじめようと思ったのは、仕事の諸先輩方や取材先で出会った方々、同級生たちが「今」がんばってるのを知ることができるというのがいちばん大きいかも。うん、私もがんばろう!って思えるんじゃないかなって。そして最近の私を知らない人にもなにか伝えられたらいいなって。

 
 いざはじめてみたら、ポルックスエンタテインメントに参加したのが「4才」になっちゃったりとか(直せた)、友達かも?と表示された人全員に友達申請送っちゃったりとか(「あんた誰?」ってメッセージが山ほど来たらどうしよう)、まだ右往左往してますがよろしければ遊びに来てください。仕事以外のことをしていても、それはそれとして(笑)あたたかく見守ってくださるとうれしいです。

 カバーに使った写真は、以前取材でお邪魔したおかげ横丁で撮ってきたもの。たくさんのお客様に来ていただけるといいなと思っての招き猫です。
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# by aya_harumi | 2012-07-24 20:50 | ご挨拶
 終了してしまったが、TBS系列で放送していた「そらナビ」という番組で「産地直行」というコーナーを担当していた。全国各地のさまざまな食材の産地を訪ね、お天気と深く関わりながら美味しい食材を届けるために奮闘している人々をたくさん取材させていただいた。
 
 なかでも多かったのは、漁港への取材だ。当たり前だが漁業に関わっている方たちは、水揚げなどが天候に大きく左右される。そのご苦労や、だからこそ得られる喜びなどを映像を通してお伝えしてきた。
 
 その活気溢れる漁港が、美しかった港町が、人情溢れる心優しい人々の暮らしが、一瞬にして津波に呑み込まれていく・・

 映像の仕事をしていながら、これほど酷な映像を見たのは初めてだ。撮影でお世話になった方々の顔が次々と思い浮かぶ。比喩でなく、胸が張り裂けそうな気持ちでニュースを見つめた。これを書いている現在、いまだ安否はわからないがどうかみなさん無事でいてほしいと願う。


 その未曾有の大震災から5日が経った。テレビを見ていると、やたらと公共広告のCMばかり流れる。一般企業がCMを自粛しているのだろう。

 テレビだけではない。なんだか日本全体が自粛・節制・忍耐モード。全国でスポーツやコンサートなどイベントの中止が相次いでいる。名古屋のテレビ塔もしばらく消灯するそうだ。

 地震の影響がある地域で、安全上の観点から余儀なく中止するイベントや、停電や節電のため営業時間を変更せざるを得ない施設・店舗などは仕方ないと思う。震災で亡くなられた方々に哀悼の意を表するのも、被災されて大変な思いをしている方々に思いを馳せ、無事を祈ったりエールを贈ることももちろん大事なことだとは思う。

 しかし、ここ名古屋で被災しなかった私たちができることって何だろう。自粛したり節制したりすることなんだろうか。そう考えていた時、出勤途中の車の中でFMラジオから聴こえてきたDJの声。

「○時になりました。私○○○○(DJ名)が、いつもの通り○○○○(番組名)をお届けします!」

 いつもの通り。そうだ。そうなのだ。
 被災しなかった私たちは、いつもの通り精いっぱい日常を生きよう。

 いつもの通り働いて稼ぎを得て、いつもの通り買い物したり食事したりしよう。
 いつもの通り音楽を聴いたり映画を観たり、いつもの通りスポーツも楽しもう。

 そうした消費活動から企業や商店はまっとうな利益を上げ、きちんと税金を納めればいい。そうして選挙があれば投票へ行き、ただしい税金の使い方をしてくれる人を選べばいいのだ。

 既に大手の衣料品メーカーやスーパーなどが被災地に支援物資を届け始めているという。それだって、企業がちゃんと利益をあげているからこそできる活動だと思うのだ。そういう活動をしているメーカーで春物の服を買ったり、スーパーで食材を買うことは間接的だけれど支援していることにならないだろうか。

 被害の甚大さからも阪神大震災の例からも、間違いなく復興には長い長い時間がかかる。膨大な額の資金も必要となるだろう。
 幸運にも被災しなかった私たちは、働いて、税金を納めて、きちんと消費する。ズタズタの日本経済を今こそしっかりと支える。それも立派な支援のカタチだと私は思う。

 ・・・そんなことを考えながら、いつもの通り懸命に働いています。



 もうひとつ。以前、中部電力のお仕事をさせていただいた経験から、節電について私の知りうる限りの情報を記しておきます。
 
 全国の電力会社間には、非常時(真夏の過剰消費、落雷など)に備えて電気を融通しあうシステムがあります。中部電力では、新信濃変電所などで50hz/60hz周波数変換を行い、基幹給電制御所などでの24時間態勢のコントロールのもと、必要があれば東日本への電力供給を行っています。
 
 しかしながら変換や送電の能力には限界があり、また電気は備蓄することができないため、中部地方で私たちが節電した分がそのまま被災地へと届くわけではありません。既に地震発生後から通常業務として電力融通は最大限行われており(参考:中部電力HP)、それでも足りないから計画停電などが行われているのです。
 
 もちろん日頃の心がけとして個人で節電することは大切なことですが、電気を使わなければ営業できない施設や店舗に自粛を求めたり、非難中傷することは避けてほしいです。そこには必ず働いて糧を得ている人々がいるのです。いつも通りの営業ならば、何ら影響はないのですから。
 
 
  しばらくブログ更新をお休みしている間に、音楽スタジオを開業しておりました。音楽に限らずエンタテインメント系はこういう時「不謹慎な」と批判を浴びることが多いです。しかしシンディ・ローパーが言っているように、音楽は人に勇気や元気を与えることができるはず。私たちはそんなお客様のために、いつもの通り店を開けて元気にお迎えしていきたいと思います。目の前の日常を精いっぱい生きることが復興のお手伝いになると信じて。
  
  最後になりましたが、福島県いわき市小名浜「さすいち」の小野さんご一家とスタッフの皆さんのご無事を心よりお祈りしております。


  追記:先日「さすいち」さんのご家族、従業員全員無事との連絡がありました。うちのディレクターのTwitterに情報を下さったいわき市の方、ほんとうにありがとうございました。小名浜港がまた元通りさんまの豊漁に沸く日まで、私たちにできることを考え続けながら応援していきたいと思います。

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 「夢はかなう」「夢は諦めちゃダメだ」
 こんな風に誰かに言われたら、胡散臭いと思うだろうか。思うだろうなぁ。なに熱くなってんだ。誰だって現実と折り合いつけながら生きてんだよ。ってね。
 
 でもね、以前もこのブログで書いたけれど、こういう仕事をしていると「ほんとうに夢はかなうんだ!」ってことを素直に信じさせてくれる人に出会うものです。別に芸能人やスポーツ選手だけじゃない。身近にいる一見ふつうの人の中にも、諦めずに夢をかなえている人がいるんだなって。

 
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 番組の取材で一軒のカフェにお邪魔した。
 日進市の竹の山という地区は、万博の駐車場だったところを大規模に開発していて、住宅や店舗がここ数年急速に増えている新しい街だ。そこに5年前に開業したという「ブリットボウル」というお店。できたばかりの頃は、前を通る道路も一日に数台しか車が通らなかったそう。それが今ではほんの500メートルほどの間に、カフェやスイーツ、オシャレな雑貨店やヘアサロンが立ち並ぶ「激戦区」となっている。
 
 店のオーナーは私と同世代の女性。15年間勤めたIT企業を退職し、意を決してカフェを開業したのだという。男性と肩を並べてバリバリ仕事をしながら、美味しいものをお腹いっぱい食べられる店をつくりたいとずっと思っていたのだとか。
 
 思いは強くても飲食業はまったくの素人。はじめは本当に大変だったそうだ。仕込みも仕入れもわからないことばかり。料理を出すのに30分もかかってしまったり、味つけを間違えて慌ててつくり直したり。
 それでも諦めることなくやれることから少しずつ変えていき、今では竹の山でも指折りの繁盛店になっている。ランチタイムには平日にも関わらず奥様たちで満席、どころか順番待ちの行列ができるほどだ。
 店だけじゃなくスタッフも育った。素人同然だった厨房スタッフ(皆さん近所の主婦たち!)も、今年になって立て続けに調理師免許を取得したのだという。賑やかにお喋りしながらも手際よく仕込みをしていく様子は、すっかりプロの顔だ。
 
 無謀と言われようが、大変とわかっていようが飛び込む勇気。どんなことにもくじけず続けることの大切さ。己を信じ、人を信じて前に進む覚悟。言葉にするとかんたんだけれど、誰もができることではきっとない。
 朝の9時から夜12時まで店に立ち、こんなにも成功していながら「人生、今日よりも明日、というように成長したいですよね」とブログに綴る。貴方はすごい人です、オーナー。
 

 
 そしてもう一人の「夢をかなえた人」の職業は、パイロット!
 男の子なら誰でも一度は憧れそうだけれど、「プロ野球(今はサッカーか?)の選手」と同じくらい、夢のままで終わることが多いんじゃないかな。
 
 出会ったのは、とある学習塾主催のイベント。さまざまな職業のオトナが子どもたちに向けてリアルなお仕事の現場の話を聞かせるという催し。友人に招かれて私も放送業界のウラ側を(番組つくるのってこんなに大変なんだよーと)話してきたのだが、その講師の1人にパイロットがいた。
 
 子どもの頃から乗り物が大好きだった彼は、中学生の頃、初めて乗った飛行機に感激しパイロットになりたい!と思ったのだとか。ここまではよくある話。
 大学を卒業し、大手航空会社のパイロット試験を受けるが不合格。一度は他の職業に就いたものの諦めきれずにいたところ、国内地方路線を主に運航する航空会社が既卒者を対象にした募集をしているのを知り応募。見事合格したのが28歳の時。今はいつかお客さんを乗せて大空を飛ぶ日を夢見て、訓練と勉強の日々だいう。
 
 驚いたのは、パイロットという職業はなるのも大変だが、なってからも大変だということ。
 まず大手航空会社を受験できるのは一生に一度だけ。彼のように一度不合格になると再受験することができない狭き門なのだ。
 入社試験に合格してからも、さまざまな試験が続く。操縦するための試験はもちろん、無線や計器飛行のための試験、さらには厳しい身体検査も(メタボはダメなんだって!)

 そのうえ、こうした試験は失敗が許されない。同じ試験を2回続けて落ちたら、その時点でパイロットを諦めなければならないんだとか。えー、それってすごいプレッシャーじゃん。たまたま体調が悪いときだってあるでしょう、と思って気づく。多くの人の命を預かる仕事なのだ。体調が悪いなどという理由が許されるはずもない。
 
 副操縦士から機長へ(ここまでで平均10年はかかるそう)無事になれたとしても、半年ごとの試験が定年まで続くのだそう。うーん、機長を見る目が変わりそうだ。だって絶対に赤点を取ることのできない試験なんだよ。いまだに試験の夢を見るなんて言ってる私には想像もつかない厳しさだ。
 
 まだ訓練生である彼の人生は、これから先も試練でいっぱいに違いない。それでも、
「パイロットは飛行機の中でいちばんの特等席に座る。離陸する時、目の前が空でいっぱいになる瞬間、あぁ本当にこの仕事についてよかったと思う」
 そう話す彼の顔は輝いていた。

 
 
 「♪負けたら終わりじゃなくて やめたら終わりなんだよね」
 
 『夢をかなえるゾウ』というドラマの主題歌だった、私の好きな曲の一節だ。
 「夢はかなう」というのは絶対とは言えないけれど、たった一つ、確かなことがある。どんな夢も諦めたらそこで終わりだということ。諦めなかった人だけが夢をかなえることができる。
 
 あなたの夢はなんですか?
 

 
  前半に紹介した「ブリットボウル」は、10月10日(日)の東海テレビ「スタイルプラス」で放送される予定 です。竹の山のみなさん、撮影ではたいへんお世話になりました。番組では他にも美味しいお店がたくさん登 場します。どうぞお楽しみに!
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 ♪伊勢へ行きたい 伊勢路が見たい せめて一生に一度でも
 
 『伊勢音頭』の一節です。(台本の初稿に書いたのに、見事にカットされたのでここで復活)
 唄にも歌われるほど、江戸時代の人々にとって伊勢参りは庶民の一生の夢。移動を厳しく制限されていた時代にあって、伊勢神宮に詣でることは信心深さもあっただろうが、何よりも唯一憧れの観光旅行に近かったような気がする。
 60年に一度大ブームが起きているようだが、いちばん凄かったのは文政13年(1830年)。南は九州鹿児島から北は東北秋田まで、430万人もの人が伊勢をめざしたという。当時の日本の人口が3200万人ほどだから、日本人の7〜8人に一人は伊勢を訪れたわけだ。
 ちなみに、人気グループ嵐の昨年の全国ツアーでは全15公演で76万人の動員があったんだって。比べるのはちょっと違うかもしれないが、ブームという点では完全に伊勢参りの勝ちだ。
 
 江戸時代の旅は街道が整備されていたとは言え、時間もお金もかかる。それを支えたのが伊勢神宮のお膝元、伊勢の人々だ。
 街道で食べ物や宿、わらじなどの旅道具やお風呂まで無料で与える「施行(せぎょう)」が盛んに行われたという。「抜け参り」と呼ばれるように、家や職場を抜け出し、親や奉公先の主人に無断でお参りに出ちゃう人々もいたそうだが、着の身着のまま旅に出てしまってもなんとかなったということらしい。
 主人が病気で伊勢参りに行けなくなったため、飼い犬を行かせちゃった人もいる。福島の旧家で飼われていた「シロ」は、首に「この犬は主人の代わりに皇大神宮にお参りさせる」旨を書いた袋をくくりつけられ一人(一匹)で旅に出たところ、2ヶ月後にちゃんとお伊勢さんのお札を持って帰ってきたという。忠犬ハチ公もびっくりだ。道中さまざまな人がシロに食べ物を与えたり一緒に歩いたりしたらしい。
 
 伊勢の人々は「自分たちの暮らしがあるのはお伊勢さんのおかげ」と考え、旅人たちは「無事にお参りできるのは伊勢の人々のおかげ」と言い、いつしか伊勢参りのことを「おかげ参り」と呼ぶようになったんだそうな。
 
 
 なんでも今年は60年に一度の「おかげ年」にあたるのだそうで、番組で伊勢神宮の特集を組むことになった。私たちポルックスは年間400万人の来場者を誇る伊勢の人気スポット「おかげ横丁」を担当することに。
 
 おかげ参りの頃の賑わいをと、伊勢路の街並みを再現してつくられたのが「おかげ横丁」だ。赤福や伊勢うどんを始めとする伊勢路の食べ物やお土産品があって、いつも大勢の人で賑わっている。
 実はわが家も家族で毎年のように訪れていて、赤福氷やてこね寿しなどさんざん堪能させてもらってきた。よし、おかげ横丁なら詳しいぞ。まかせとけ、と取材に向かったのだが。
 
 いざ取材してみたら、知らないことがいっぱいだった。
 
 ロケ日は偶然だが6月1日。1日と言えば、赤福の「朔日餅」がある。確か早朝から発売されるんだよな。よし、じゃあその発売時間からカメラを回そう。
 と思ったら、最初に取材したラーメン屋さんが「31日は夜中の12時に店を開ける」という。朔日餅に並ぶお客さんに深夜ラーメンを食べてもらえるように。
 「わかりました、じゃあ夜中の12時に来ます!」
 次に打合せしたおかげ横丁の広報の人は「あぁそれなら31日は『みそか寄席』がありますよ」と笑顔でおっしゃった。朔日餅に並ぶ人のために、月末の夜7時から落語会を開いているのだという。
 「わかりました、じゃあ31日の7時に・・」
 
 と、どんどん撮影開始時間が早まり、なんと31日の夜から翌1日の夕方まで、ぶっ通しでロケという前代未聞の事態になってしまいました。寝ずにカメラを回し続けたうちのディレクターは、横丁のあちこちで「あれ、まだいるの?」「大変ですね」と呆れられるやら気の毒がられるやら。
 
 苦労はしたけれど、おかげ横丁に行ったことのない人はもちろん、何度も行っている人でもきっと楽しめる内容になったと思います。だって私も思ったもの。来月あたり朔日餅買いに行こうかなぁって。うちのディレクターには激しく却下されそうだけど。


 この模様は、6月13日(日)の東海テレビ「スタイルプラス」で放送される予定です。
 最後になりましたが、伊勢福の三田さん、郡山さん、そして横丁の住人の皆さん、うちのロケ隊が長時間お騒がせいたしました。あたたかく迎えていただけたことが何より嬉しかったです。この場を借りて心よりお礼申し上げます。




 おまけに。

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 横丁で見つけたもの。昔懐かしい井戸やポストがあります。
 屋根瓦の上にはよく見ると、あちこちに可愛らしい動物たちがいます。
 どこにあるか、おかげ横丁に行ったらぜひ探してみて下さい。
 
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# by aya_harumi | 2010-06-11 14:46 | 日記