「声」に想う。
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 初対面の人と会う時、真っ先に目がいくのはどこだろう。あるいはその人と別れた後、いちばん印象に残るところは?
 
 私は「声」だと思っている。この場合は、目がいくんじゃなくて耳がいく、だが。
 人の好感度を決める指標として「声」はけっこう重要なポジションを占めるのではないだろうか。男でも女でも、少し低音で柔らかい、耳に心地よい声を発する人というのはいつまでも記憶に残るような気がする。
 
 英国の作家Anne Karpf(アン カープ)著の『「声」の秘密』によれば、日本の女性は世界でももっとも高い声を発するらしい。そのなかで女性キャスターの小宮悦子氏は、努力を重ねて低い声でアナウンスする技術を身につけたそうだ。なんでも3年間で約20ヘルツも下げたんだとか。
 私も以前何かで読んだことがある。彼女が「ニュースステーション」のキャスターに抜擢された時、久米 宏氏から出た注文というのが「ニュースを読む時は低い声で」という話。
 そう言えば、当時女子アナと言えば高くて女性らしい声でニュースを読むのが普通だった時代に、えっちゃんの声はドスが効いているかと思うほど低かった。それが結果的にオジ様たちのツボにはまったわけだが。
 
 『「声」の秘密』に戻ろう。著者によると「男性中心の社会では男性の声が信頼できるとみなされるため」女性キャスターも低い声でニュースを読む方が信頼されやすいということなのだそうだ。なるほど、久米氏の指摘は的を得ていたことになる。
 
 確かに、同じことを伝えるのでも甲高い声でキンキンまくしたてられるよりは、低い声で落ち着いて話された方が説得力があるよな。
 そのことに気づいてから、仕事などで初対面の人に電話をかける時や人を説得しないといけない場面では、意識して低い声で話すようにしてきた。私の場合ただですら地声がでかいので、これ以上高音でまくしたてられたらうるさくてかなわないだろうな、というまわりへの配慮もある。(事務所の皆さま、いつもすみません。うるさいのはわかっているんです。反省もしているんです)
 
 低い声で話す、というのを最も心がけるのはプレゼンの場だ。
 ありがたいことにあちこちからお声を掛けていただいて、今年一年ポルックスはずいぶん多くのコンペに参加させていただいた。プレゼンテーターはたいてい私。持ち時間を10とすると9ぐらいを私が喋って、最後に残り1をうちのディレクターが締めるというのが定番のスタイルになりつつある。
 
 他社のプレゼンテーターはほとんどが男性だ。女性のプレゼンテーターというのはそれだけで目立つらしい。できればそれがプラスに働きますように。審査員たちの印象に残るプレゼンになりますように。
 始まるまでの緊張感を楽しみつつ手順を確認する。準備は万全。リハーサル通りにやれば完璧なプレゼンになるはず。あとは──低い声で話し出そう。最初の一声はアルトで、だ。
 
 
 そんなことを考えながら参加してきたコンペで、最近立て続けに「当選」の知らせを受けた。いや、別に私の「声」にオジ様たちがまいったワケではないだろうが。
 
 コンペに通ったこと自体もちろん嬉しいが、ウンウン考えて書いた企画を制作できることが何よりも嬉しい。
 ポルックスには企画専門の部署があるわけではなく、ふだん構成や演出をしている私たちが「こんな映像をつくってみたい」と知恵を出し合って企画をつくる。文章に書くのは私の担当だが、コンセプトワークから演出のアイディアまで、これまでの制作現場で培ったノウハウをみんなで思う存分詰め込むのだ。完成するのはつねに「今」私たち制作者がぜひつくってみたい、見てみたい、という思いにあふれた企画書になる。
 
 それが実際につくれるという喜び。自分たちの考えた企画が映像になる嬉しさ。辛かった企画書作成の時間が一気に報われるというものだ。
 とは言え、喜んでばかりもいられない。通ったあとは、これまた膨大な制作の実務が待ち受けている。でもがんばるよ。私たちを選んで下さったクライアントに応えるためにも。

 
 写真は、レギュラー番組の「人生の応援歌」の取材で恵那山の麓にある岐阜の山岡町に行った時のもの。途中の道の駅に日本一大きな水車があって、うひょうひょと写真を撮っていた直後に「この前のコンペ、通りました!」という一報が飛び込んできた。
 一緒に行ってたムラセは、立て続けのコンペ当選の知らせに「いよいよポルックスの時代がきたってことですかね」などと大きなことを言っていたが。
 これからが忙しくなるよ。気を引き締めて、いい作品をつくろう。
 
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